12年目A 新たなる試練?
第706話A 12年目の始まり
年が明け、家族で初詣を済ませると、1/3からは早くも自主トレに旅立つ。
今年はアメリカには行かず、沖縄で湯川選手他、若手選手6名の計8名で行う。
僕は来るものは拒まずのスタンスであり、慕って来てくれると嬉しい。
僕はメンバー最年長であり、また年俸も一番多くもらっている。
マスコミからはチーム隆介と呼ばれている。
はっきり言ってそのままである。
もっと格好いいネーミングは無かったのだろうか。センスが無い。
ところで昔とあるチームの救援陣の事を『スコット鉄太朗』と名付けたマスコミがあった。
ナンノコッチャと思ったが、『と◯とこハ◯太郎』をもじったものだったと最近知った。
なお我がチームのKLDS(クルデス)も微妙なネーミングだと思う。
せめてKIDSだったら良かったのにね。
沖縄往復の旅費はそれぞれ自分で出してもらうが、ホテルなどの滞在費、食事代等は僕、練習場等を借りる経費は湯川選手持ちである。
それなりにお金はかかるが、人数が多いと色々な練習をできるのでありがたい。
自主トレ序盤は軽く体を動かすことから初め、基礎トレーニングに重点を置く。
いきなり負荷をかけてケガをしてしまっては元も子もない。
若手選手の中にはいきなり飛ばそうとする選手もいるが、それを止めるのも、僕や湯川選手の役割である。
湯川選手は口数が少ないが、その一言一言が重みがあり、若手選手も素直にアドバイスを聞き入れていた。
シーズンは長い。焦らずにやっていきましょう。
二週目からは守備練習も取り入れる。
昨年までは、鬼軍曹がノットバットを金棒のように持って現れたが、今年は残念ながら来ない。
静岡オーシャンズのコーチに就任したので、今年は来れないという連絡があった。
プロ野球のコーチは、12〜1月は選手を指導してはいけないのだ。
僕がとても落胆したのは言うまでもない。
溢れ出る笑みを抑えきれないくらいに。
昨日は休養日とし、それぞれリフレッシュに努めた。
僕も海岸を眺めながら、読書をしたり、うたた寝をしたり、とてもゆったりとした時間を過ごした。
今頃作者は、雪の降る札幌で肩をすぼめて、背を丸くして、会社に通っているんだろうと思うと、トロピカルドリンクがより一層美味しく感じる。
翌日の朝、リフレッシュして爽やかな気持ちで、グラウンドに向かった。
今日も沖縄は爽やかな気候である。
野球日和だ。
するとグラウンドに誰かがジャージを来て立っている。
手には金棒もといノックバットを持っているようだ。
遠目には山城さんかと思ったが、前述のように野球協約上、僕らを指導することはできない。
なぜ部外者がグラウンドに入り込んでいるのだ?
「よお、久しぶり」
なんとそこにいたのは、内沢さんだった。
(内沢さんについて詳しく知りたい方は、第37話、第487〜489話をご覧ください)
「お、お久しぶりです。ど、どうしたんですか…。
こんなところまで…」
「おう、山城の親父に依頼を受けたんだ。
今回の自主トレに参加できないから、代わりに行ってくれとな。
何でもほっておくと、楽ばかりして、沖縄でアクティビティを満喫しようとするから、行って鍛えてやってくれ、ということだ」
ありがたくて、目から鼻血が出そうだ…。
「そ、そうですか。あ、ありがとうございます…」
ということで、僕らは3日間目一杯、内沢さんのノックを堪能した。
僕や湯川選手は経験しているのでまだ良いが、若手選手はかなりへばっていた。
「あー、久しぶりに思う存分にバットを振れて、良いストレス解消になったわ」
3日目の夕方、内沢さんはベンチに座り、バットケースにノックバットをしまいながら言った。
「今回は本当にありがとうございました。
奴らには良い経験になったと思います」
グラウンドでへばっている若手選手を横目に見ながら、僕は言った。
そして謝礼を渡そうとした。
「いやいや、俺は趣味で来たんだ。
そんなものは受け取れないよ」
山城さんと同じ事を言っている。
「じゃあ、せめて交通費と宿泊費だけでも受け取って下さい」
「いやいや、本当に結構だ。
俺はこうしてお前とまた一緒に野球をできただけで、幸せなんだ」
そう言い残して、内沢さんは去って行った。
どうして僕の周りには良い人ばかりいるんだろう。
夕日を浴びて去っていく、内沢さんの後ろ姿を見ながらそう思った。
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