第705話A ドラフト同期会
山城さんからの電話の翌日、僕は僕のファン第一号のご家族を訪ねた。
ファン第一号の男の子が亡くなってから、生まれた男の子はすでに6歳になっており、早くも来年小学校入学とのことだ。
妹さんも4歳。
時の経つのは早いものだ。
今回は男の子にはお土産にグローブ(僕の直筆サイン入り)をあげ、公園でキャッチボールをした。
ちなみに妹さんには、動物の人形付きのドールハウス(僕の直筆サインなし)をあげた。
シーズンオフは行事が多く、年末には毎年恒例の元岸和田愚連隊のような奴ら、そしてドラフト同期の先輩と不快な仲間たちとの忘年会がある。
バカやガラの悪いのを相手にすると、それらが伝染るのであまり参加したくは無いが、参加しないと無いこと無いこと噂されるのでやむを得ず参加している。
ということで今日はドラフト同期との忘年会だ。
昔は静岡でやっていたが、今は東京に集まることが多い。
「よお、久しぶり。今年も大活躍だったな」
店に入ると、飯島さんと竹下さんがすでに席に座っていた。
すでに二人とも顔が赤い。
昼間から飲んでいたようだ。
本当にこの酔っぱらいは…。
「杉澤さんはまだ来ていないんですか?
他の奴らはどうでも良いけど…」
「おい、その奴らというのには大先輩の俺も入っているんじゃないだろうな」
後ろから気配がした。
原谷さんの声だ。
「いえ、あ、まあ、その」
「お前も偉くなったものだな。そりゃ、今やドラフト同期の出世頭様だもんな」
「あ、原谷大先輩じゃないですか。久しぶりにお会いできて嬉しいです」
いつの間にかいる男。三田村だ。本当にこいつは…。白々しいというか、世渡り上手というか…。
「おう、三田村。聞いてくれるか、高橋が俺のこと、奴っていったんだぜ」
「え、先輩に対して、それは酷いですね。ありえないです。
とても人間の所業とは思えませんね。金を持つと人は変わったちゃうんですね…」
「まあ、こいつは元々こういう奴だったけどな」
「まあ、そうですね」
「おい、寸劇はまだ続くのか?」
ふと見ると、杉澤さんが立っている。
相変わらずオシャレなコートを来て、センスの良いマフラーを巻いている。
「あ、お久しぶりです」
「よお、元気そうで良かった。
飯島さん、竹下さんもお久しぶりです」
「ほら見たか?、年上にはこういう風に対応するんだぞ」
原谷さんに嫌味っぽく言われた。
ていうかこの話題でどれだけ尺を使うんだ?
「谷口はまだ来ていないのか?」
「はい、少し遅れるという連絡がありました」
「どうせ筋トレでもやっていたんだろ。
時間に遅れるとは、あいつも社会人としてなっていないな」
ていうか、原谷さんこそ筋トレをした方が良いのでは無いだろうか。
入団当初はそれなりにスリムだったが、最近はドカベン化が著しい。
「すみません、遅れました」
谷口が集合時間から3分過ぎて、到着した。
「すみませんで済むと思っているのか」
原谷さんが谷口に絡んだ。
「はい、済みません」
「そうだろ。済まないよな。じゃあどうする?」
「すみませんでした」
「おーい、そういう会話いつまで続けるんだ。俺は喉が渇いた」と飯島さん。
赤い顔でそんなセリフを吐いても、全く説得力は無い。
「ところで高橋はなんで日本に残留したんだ?」
ビールで乾杯後、早速杉澤さんに聞かれた。
「はい、色々と悩みましたが、まだ日本でやり残している事がありますので…」
「そうか…。個人的には高橋がメジャーでどこまでやれるのか、見てみたかったけどな…」
「俺もだ。意外と活躍するかもしれない、って思っていたけどな」と竹下さん。
「そうですね。でもメジャー挑戦をあきらめたわけではないです。
1年契約ですし、再来年は海外フリーエージェントと資格も取れますので…」
「そうか、来年は国内フリーエージェントか…。
行使するのか?」
「いえ、まだ何も考えていません。
まずは来季、優勝目指して頑張りたいと思います」
「よっ、優等生」
原谷さんが茶々を入れた。
「さすが義兄さん、プロ野球選手の鏡」
三田村も乗ってきた。
お前は後で覚えてろよ。
お前の奥さんに、あること無いこと吹き込んでやるからな。
ちなみに三田村の奥さんとは、僕の妹のことである。
不本意ながら、三田村と義兄弟になってしまった。
最後はいつもの年と同じように、静岡オーシャンズの球団歌をみんなで肩を組んで歌った。
「煌めく朝日と太平洋
我らが集うはオーシャンズ
歴史を胸にいざ進め
鋭い魔球が打者を切る
輝く打球が宙(そら)を跳ぶ
ダイヤのような堅守を誇り
疾風(はやて)のように塁を駆る
進め、我らのオーシャンズ
オーシャン、オーシャン、オーシャンズ
それいけ、静岡オーシャンズ」
さあ、今年ももうすぐ終わり。
12年目のシーズンが始まる。
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