第702話A 来季の契約について

「それではご説明します。簡単に言うと、単年契約か複数年契約かの違いです。

 高橋選手は順調にいけば来シーズン中に、国内フリーエージェントの資格を取得します。

 今となっては当チームにとって、高橋選手は実力、人気のどちらの面でも欠かせない選手となりました」

 そう言われると、照れるなあ…。


「よって当チームとしては、高橋選手と複数年契約を結ぶ用意があります。

 高橋選手は3年連続で三割を打ち、内外野を高いレベルで守れ、足も速い。

 長打力もついて来た。

 率直に言って、こんな選手は球界にもほとんどいません。端的に言うと、チームの宝です」

 これが褒め殺しと言うやつか。上げておいて落とす。よくある手だ。


「そんな高橋選手に、当チームとしては最大限の誠意をお見せします」

 そう言って、山本さんはクリップで止めた3枚の紙を僕の手元に滑らせた。


「一枚目は複数年契約の場合です。まずはこちらかご説明します」

 僕はその紙に目を走らせた。

「高橋選手にもわかるように簡単にご説明しますと、契約期間は4年。

 基本年棒は2億5,000万円で、これに出来高が5,000万円付きます。

 そしてタイトルを獲得した場合、これにタイトル料が付きます」


「つ、つまり4年間で10億円プラス出来高ということですか?」

「その通りです。よくできました」

 僕は幼稚園児か…。それにしても凄い金額だ。


「次は2年契約のご提案です」

「2年契約…、ですか?」

 そこで北野本部長が口をはさんだ。

「当チームとしては、高橋選手にはずっと残ってほしいと考えており、このタイミングで4年契約を締結して頂ければ最高だと考えています。

 しかしながら、フリーエージェントの権利は選手にとっては重要なものとも考えています。

 来シーズンは国内フリーエージェントの資格ですが、その次のシーズンは海外フリーエージェントも取得できます。

 そういうことも考慮して、2年契約もご用意しました。山本君、説明をお願いします」


「はい、2年契約も基本的には4年契約と同じです。

 つまり基本年俸が2億5,000万円プラス出来高です」

「そして最後の一枚は単年契約の場合です」 

 僕はクリップを外してその紙を見た。


「単年契約の場合でも年俸2億5,000円プラス出来高となります。

 つまりどの契約も年数が異なるだけで、金額は同じです。さあどれにしますか」

 スーパーの特売じゃあるまいし、すぐに決めることなんてできない。


「あのー、一度持ち帰って、妻とも相談しても良いですか」

「ええ、もちろんです。大事な決断となりますので、持ち帰って良くご検討ください」

 北野本部長が笑顔で言った。

「はい、そうさせて頂きます」

 そう言って、僕は書類をクリアファイルに入れて、カバンにしまった。


「いやあ、それにしても高橋選手が残ってくれて良かった。

 戦力面もそうですが、人気面でも高橋選手はチームでも一二番を争っていますからね。

 高橋選手がいるといないのでは、グッズの売れ行きも全然違うんですよ。なあ、山本君」

 北野本部長が満面の笑みで言った。

 すると山本さんが仏頂面のまま言った。


「まあそうですね。自分としては面倒なポスティング申請の手続きをしなくて良いのでホッとしています。

 あと今シーズン中に買った、高橋選手のレプリカユニフォームも無駄にならなくて良かったです」

 よく見ると眼鏡の奥で山本さんの目が笑っているように見える。

 なんだ、山本さんも僕のユニフォームを買ってくれていたのか。

  

「それではありがとうございました。僕はこれでお暇します」

 一礼して席を立とうとしたら、北野本部長が言った。

「この後は別室で記者会見があります。すでに記者の方がお待ちですので、よろしくお願いします」

 え、記者会見?

 聞いてないよー、とも思ったが、まあお呼びとあれば仕方がない。

 なぜ残留を決意したのか、一世一代の感動するお話を聞かせて差し上げよう。









 


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