第714話 契約締結
「み、身売りってどういうことですか?」
「その言葉の通りです。チームのオーナーが変わるということです」
タナカさんは事も無げに言った。
「そ、それはこの間お会いしたブルックリンさんがオーナーではなくなるということですか?」
「まあ簡単に言うとそういうことです」
難しく言っても、同じことだろう。
「それは僕の契約に影響があるんですか?」
「うーん、それは今の時点では何とも言えませんね。
GMが変わるかもわかりませんし。
まあ取り敢えず、来週、アメリカにまた来てください」
良いのか、アメリカに行って。
アメリカに行ったは良いが、契約できずにトンボ返りすることにならないか?
そう心配していることを告げた。
「まあその可能性は無くはないですけど、大丈夫じじゃないですか。きっと」
僕はこのタナカさんを信用して良いのだろうか。
若干、疑いの気持ちが生じてきた。
「まあ何とかなりますよ。ハハハハハ」
タナカさんにはラテン系の血筋が入っているのだろうか…。
取り敢えず、僕は翌週、またアメリカに行った。
今度は自腹になる可能性を考慮して、ビジネスクラスにした。
ビジネスクラスでも横になれるので、身体への負担は少ない。
バッファローナイアガラ国際空港に着くと、タナカさんが出迎えてくれた。
「どうもどうも。調子はいかがですか?」
「機内で良く眠ることができたので、元気は元気です」
「そうですか。取り敢えず今日早速契約しちゃいましょう」
「オーナーが変わっても大丈夫なのですか?」
「さあ、取り敢えず契約してしまえばこっちのものです。アメリカは契約社会ですから…」
そんないい加減な…。
空港からは車で真っ直ぐに球団事務所に行った。
球団事務所にはジョージGMと球団職員がいたが、ブルックリンオーナーはいなかった。
それはそうだろう。
「さあ契約書にサインしてください。
条件はこの間、ご説明したとおりです」
まるで宅急便を受け取るくらい簡単に、僕は契約書にサインした。
そしてジョージGMと握手した。
本当にこんな事で良いのだろうか…。
「はい、これで高橋選手は名実ともにバッファロー グレートフォールズの一員となりました。
おめでとうございます」
タナカさんにそう言われたが、まだ実感がわかない。
『ホラ、タカハシ。ユニフォームダ』
というような感じで、ジョージGMからユニフォームを受け取った。
背番号は58。
タナカさんにあらかじめ希望を伝えており、うまい具合に空いていた。
「15時から記者会見があります。
日本のマスコミがいっぱい来てますよ。
アメリカのマスコミは地元局くらいですけど」
あー、そうですか。
どうせ、僕なんてアメリカではニュースバリューは無いですよ。
僕は若干、いじけた。
そして記者会見までの間、契約内容の詳細や、これからのスケジュール、こっちでの生活等について説明を受けた。
タナカさんはその一つ一つについて翻訳し、また丁寧に説明してくれた。
良く考えると僕ごときの契約では、タナカさんに大した実入りは無いだろう。
契約総額の5%が報酬であり、契約金なんてものもないので、僕の年俸75万ドルで計算すると、報酬は日本円でせいぜ500万円くらいだろう。
タナカさんは大物日本人選手を含め、何人もクライアントを抱えているので、多忙なはずだ。
それでも僕の代理人を引き受けてくれているのは、実はとてもありがたいことである。
「ということで、これがプロテイン入りのチョコバーと、1日1本支給されるミネラルウォーターです。苦労して勝ち取りました」
タナカさんが得意そうに、テーブルの上に置いた。
そうですか…。
まあ無いよりは有り難いけど…。
「さあ、時間になりました。
記者会見場に行きましょうか」
僕は立ち上がった。
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