第713話 悪い報告と残念な報告
今、僕は帰国の飛行機に乗っている。
帰りは球団でファーストクラスを手配してくれた。
なお行きの分もあとから支払ってもらえるということだ。
さすがメジャー。太っ腹。
今回は強行日程でメディカルチェックと、球団施設の視察を済ませた。
メディカルチェックの結果、異常がなければ正式契約となり、その時はまたアメリカに行くことになる。
球団施設は想像していたよりも、貧相なものではあったが、メジャー球団であることは変わらない。
そして古いが、伝統は感じた。
そしてバッファローの街並みも気に入った。
是非、あのチームでプレーしたい。
今はその気持ちでいっぱいである。
でももしメディカルチェックで異常がでたらどうなるのだろうか。
来季も札幌ホワイトベアーズと契約することになるだろうか。
正直な気持ちとして、ポスティング申請をした時点で、札幌ホワイトベアーズを卒業した感覚である。
もちろん札幌ホワイトベアーズには大変お世話になったし、とても愛着がある。
ファンの方々には、生え抜きではないのに熱く応援してもらった。
言葉に出来ないくらい感謝している。
でも一度、出ることを決意した以上、そのまま戻ると、モチベーションが上がらない気がする。
だから何としても、アメリカに渡りたい。
例えそれがマイナー契約でも。
日本に帰国して、僕は早速沖縄での自主トレに合流する。
僕がいない間、弛んでいたであろう若手を鍛え直さないといけない。
そして僕自身も少し間が空いてしまったので、基礎トレーニングからやり直しである。
「あ、お疲れ様でした。どうでしたか、バッファローは?」
グラウンドに入ると、湯川選手が声をかけてきた。
「うん、まあ事前に聞いていた通り、球場も古く、ロッカールームもオンボロだったけど、グラウンドは良い雰囲気だった」
「そうですか。次はいつアメリカに行くんですか?」
「まあメディカルチェックの結果がでてからだな。
多分、来週以降かな」
そして僕は練習を再開した。
まずはグラウンドを走ることから。
いきなり無理をしてケガをしては元も子もない。
翌週、若手選手に坂道ダッシュをさせていると、携帯電話が鳴った。
代理人のタナカさんからだ。
メディカルチェックの結果がでたのか。
「はい、高橋です」
「どうも、代理人のタナカです。今、ちょっと大丈夫ですか」
「はい、大丈夫です」
「メディカルチェックの結果がでました」
いよいよか。
「そうですか。どうでしたか?」
「残念な報告と、悪い報告のどちらから聞きたいですか?」
???
どちらもあまり聞きたくない。
「じゃあ悪い報告から」
「メディカルチェックの結果、異常が判明しました」
「…。それはどこにですか?」
「はい、バッターとしては致命的な異常です」
「それは頭が悪いとか、野球脳が足りないとか、そういうギャグですか?」
「いえ、本当にバッターとしては致命的な異常です」
だが、そう言うタナカさんの声は決して暗くない。
「致命的な異常って、何ですか?」
「聞きたいですか?」
「はい、是非お聞かせください」
「何と虫歯が二本見つかりました」
僕は安堵した。
「何だ、たかが虫歯ですか?」
「虫歯をなめちゃいけませんよ。」
しかも虫歯の一本は奥歯です。
バッターは打つ瞬間、強く歯を噛みしめるので、奥歯に虫歯があるのは致命的です」
「…。他には異常はあったんですか?」
「いえ、ありませんでした」
「ということは?」
「はい、来週入団記者会見を行いますので、またバッファローに来てください。
あとGMからの言伝です。シーズンが始まるまでに、ちゃんと虫歯を治しておいてくださいとのことです」
「はい、わかりました。
それで残念な報告って何ですか?」
「ああ、そっちの方ですか。チームの身売りが決まりました」
「は?」
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