第712話B 伝統の球場

「ヨウコソ、バッファローへ。ペラペラペラペラ」

 球団事務所につくと、とてもデカイ人が出迎えてくれた。

 身長も高いが、肩幅もガッチリとしており、お腹周りは僕の軽く倍はあるだろう。

 白髪で地肌が少し見えており、年は60歳手前だろうか。

 

「ヘロー、タカハシ」

 そしてその横にはもう一人、男性がおり、彼は僕とあまり変わらない身長で、スタイリッシュに濃いグレーのスーツを着こなしている。

 黒髪を短く刈り込んでおり、僕はデキるビジネスマンをイメージした。


「こちらはオーナーのブルックリンさん、こちらはゼネラルマネージャのジョージさんです」

 デカい人がオーナーで、ビジネスマンがゼネラルマネージャということだ。

 これが逆なら驚きだが、さすがにそれはなかった。


「ハロー、ナイストゥーミーチュー、マイネーム、イズ、リュースケタカハシ。

 アイフロム、ジャパン。

 アイムハッピー、ヴィズット、バッファロー」

 流暢な英語で挨拶した。


「オー、ペラペラペラペラ」

 まずブルックリンオーナーと握手し、その後、ジョージGMと握手した。

 そして応接室に通された。


 このままではペラペラペラペラで、行を埋めてしまうので、以下はタナカさんが通訳してくれた内容を記載する。


『タカハシが当チームを選んでくれて、嬉しいです。タカハシは日本ではファンの人気も高い、アベレージヒッターと聞いています。

 足も速くて、日本レベルではショートの守備も上手いと聞いています』とジョージGM。

 若干、違和感のある単語が挟まっていたが、そこは気にしないでおこう。


『当チームとしては、チームのピースを埋める存在を探していました。

 すなわち内野と外野を守れ、また代走としても活躍できる選手です。

 もちろん高橋にはスタメン出場も期待しています』

 つまり控え選手という評価ということだな。

 まあそれでもメジャー契約の40人に入れるのなら、勝負はできる。


 ブルックリンオーナーが話を続けた。

『私は日本の歴史に興味があります。

 日本には下剋上という言葉がありますね。

 是非、高橋が下剋上を成し遂げることを期待しています』

 まあ、最初から期待されているよりも、それくらいの期待の方が良いかもしれない。


 それから契約条件について、再確認した。

 大体は事前に聞いていた内容と同じだが、ミネラルウォーターの他に、スポーツドリンクが毎日1本追加になっていた。


 それからチームドクターから、メディカルチェックを受けた。

 詳細な結果は後日ということだが、この日の時点では虫歯が1本ある以外は、特に異常は見つからなかった。

 

 それからバッファローグレートフォールズの球団施設を見せてもらった。

 球場は築50年以上経過しており、全体的に古さを感じた。

 ロッカールームも日本の地方球場によくある、金網で仕切られた簡素なもので、日本の12球団のものと比べても、貧相であった。


 でもグラウンドに出ると、土の内野にグリーンの外野フィールドとブルーのフェンス、そして英語の広告。

 雰囲気は僕が憧れた、アメリカの球場の光景どおりであった。

 やっぱりここで野球をしたい。

 素直にそう思った。


『設備的には老朽化しているのは認めます。

 でも私はこの伝統ある球場を愛しています』

 ブルックリンオーナーは言った。


「はい、私もこの球場の雰囲気が気に入りました。是非、ここでプレーしたいです」

 僕とブルックリンオーナーはがっちりと握手した。


 別にロッカールームで野球をやるわけで無いし、設備の古さは大して気にならない。

 それよりもこの雰囲気に惹かれた。

 今は選手も観客もいない、静かな空間であるが、耳を澄ますと、試合中の音が聞こえる気がした。

 そして試合の風景と、観客の応援が頭に浮かんだ。


 きっと50年以上もの間、この球場で色々なドラマが生まれただろう。

 そして来年から僕もその一員になる。

 いや、なりたい。

 そう思った。

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