第715話 入団記者会見
記者会見場に入ると、10台くらいのテレビカメラが後方に並んでおり、僕を20人くらいの記者が待ち構えていた。
そのほとんどが日本人である。
こんなにどこから集まったのだろうか。
僕は一礼して、室内に入り、席に座った。
隣には球団手配の通訳がおり、訳してくれる。
中国出身のイタリア育ちで、大学で日本語の勉強をした方だそうだ。
「ペラペラペラペラ、リュースケ、タカハシ、ペラペラペラペラ」
球団職員と思しき、白人男性が前方の演台に立って、何かを話しだした。
それを通訳が訳してくれた。
『今から、高橋が記者会見を始めるアルよ。
聞きたいことがある奴は、手を挙げてくださいな』
どんな翻訳だ。
何人もの記者が手を挙げた。
手を挙げているのは日本人記者ばかりだ。
球団職員が一番前の記者を指した。
日本人の記者だが、見たことがない顔だ。
「バッファローグレートフォールズに入団が決まった、今の率直なお気持ちをお聞かせください」
「はい、夢が叶ってうれしいです」
「メジャー契約ということですが、これから開幕の25人枠に入るためには、熾烈な競争になると思います。その点はいかがですか?」
「はい、自分の立場として、チームに足りないピースを埋める役割を期待されていると思いますので、強みをアピールしていきたいです」
「高橋選手はご自身の強みは何だと思いますか」
「はい、メンタルの強さと、運の良さだと思います」
「野球の能力面ではいかがですか?」
「はい、自分の持ち味は内野と外野を守れることと、足の速さ、そして最大の武器はスター性だと思います」
会場内を微妙な空気が流れた。
おい、笑えよ。ここは笑うところだろう。
次に40歳くらいのヒゲ面の記者が指名された。
彼もこれまで見たことがない。
「えーと、もしメジャーに残れなかったら、マイナーリーグでプレーすることになりますが、その覚悟はおありですか」
「もちろんです。僕にできることは全力でプレーすることだけですので、それがマイナーリーグであってもやる事は変わりません」
「もしメジャーに上がれなかったら、日本に帰国するのでしょうか?」
「こっちに来た以上、退路は絶ったと考えています。こっちでダメだったから、日本に帰ることは考えていません」
「もし日本球界に戻った場合、札幌ホワイトベアーズに戻るのでしょうか。ルール上は自由契約という身分になりますので、どこのチームとも契約できますが…」
僕は苦笑した。
「さっきもお答えしたように、僕は退路を絶ってこっちに来ました。今は日本球界に戻ることは考えていません」
「そうですか。アメリカでのご活躍、期待しています」
「メジャーで活躍する勝算はありますか?」
次に50歳くらいの年配の記者が質問した。
「勝算があるわけではありません。
でもかって、かのクラーク博士は言いました。
少年よ、大志を抱け。
僕は札幌でこの言葉を学びました」
決まった。
きっとこの場面が日本で繰り返し流れるだろう。
「少年というお歳でも無いと思いますが(苦笑)。
建前は置いといて、どれくらいの成績を残せると思いますか?」
「そうですね、ホームランは55本、盗塁は60個を狙いたいです」
「寝言は寝てから言ってください(怒)
真面目に答えてくれませんか」
なぜ僕はこんなところで怒られているのだろう。
「はい、まずは1試合でも出られるのが目標です」
「うむ、よろしい。それなら良いでしょう。
この部分は使える」
生放送ではなく、一部をカットして放送するのだろう。
次にアメリカ人の記者が当てられた。
「ペラペラペラペラ」
通訳が訳した。
『日本では、今、何のアニメが流行ってオルか?』
それを僕に聞くか?
何の意図があるんだろう。
「さあ僕はアニメをあまり見ないので、良くわかりませんが、おそ◯さんとかじゃないですか?」
『高橋選手はポジションはどこザンすか?』
それを今、聞くか?
この記者は何をしにここに来たのだろう。
「はい、日本では、主にショートとレフトを守っていました」
「oh、OK。ペラペラペラペラ」
『つまり、中継ぎの左腕ということですね。
何試合くらい登板するのが、目標ですか?』
おい、通訳。
僕の答えと質問が合っていないぞ。
ショートを短い、レフトを左腕と解釈したのか?
「僕は野手なので、登板はしないです」
「oh、ペラペラペラペラ」
『登板しないなら、ユーは何しにアメリカへ?』
もはや発狂しそうだ。
何だこのグダグダな記者会見は…。
「僕は野手です。わかります?、アイアムフィルダー」
「oh、you are filder!!、OK、ペラペラペラペラペ 」
『つまりあなたはサッカー選手ですね』
もう帰っていいですか?
記者会見を通じて、僕がアメリカでは全く期待されていないことを改めて思い知った。
後から聞くと、アメリカ人の記者はボスから取り敢えず記者会見があるから行け、と言われて来たらしい。
しかもスポーツ担当ではなく、政治担当の記者だったそうだ。
また僕の記者会見を観ていた一部のアメリカ人が、おそ◯さんをユーチューブで見て、子供の教育上なんたらという苦情を球団にしてきたらしい。
悪いけど僕はそこまで責任をとれません。
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