第710話B 条件について

 「こら、そんな事でレギュラーを取れると思っているのか」

 高校時代、アメリカンペッパーという練習方法があった。 

 普通のペッパーはバッターがトスバッティングして、それを守備側がとる練習であるが、それを更にハードにしたものだ。


 アメリカンペッパーは打つ代わりに、手で左右に大きく散らして投げ、守備する人はそれをグラブで捕る。

 これがかなりきついのだ。

 左右に散らされるので、その分走らなければならない。

 体力が有り余っている若手でも、10球でも連続でやるとヘロヘロになる。 

 守備の練習はもちろんのこと、瞬発力を鍛える練習にもなるらしい。

 ということで基礎トレーニングの一環として、若手選手にアメリカンペッパーをやらせている。


「こら、俺の若い時なんて、100球連続でやらされたぞ」

 もちろん嘘である。

 そんなにやったら死んでしまう。

 一度、10球連続で捕るまで帰れまテン、という練習をやった(やらされた)が翌日、太ももが筋肉痛で階段の昇り降りすら大変だった。

(9球連続で捕球しても、10球目はとても捕れないところに投げられるのだ)


「こら、そんなんで良いと思っているのか?

 ほら見てろ、高橋先輩が見本を見せてくれるぞ」

 突然、湯川選手がとんでもないことを言い出した。


「え?、あ、俺?、ごめん、ちょうど電話だ…」 

 僕はポケットからスマートフォンを取り出し、通話するふりをしながら、ベンチ裏に下がった。

 若手時代ならいざ知らず、アラサーの僕がそんな練習をしたら、それこそ明日立ち上がれなくなる。


 そしてベンチ裏で休んでいたら、本当に着信があった。

 代理人のタナカさんからだ。


「はい、高橋です」

「タナカです。今、大丈夫ですか?」

「はい、むしろグッドタイミングでした」

「それはどうしてですか?」

「いえ、こっちの話です。

 ところで、何か進展はあったのですか?」


「はい、実は先ほどモントリオールからは断りの連絡がありました。

 トレードで若手の有望株を獲得したので、オファーを取り下げるとのことでした」

「そうですか…。やっぱりメジャーは厳しいですね」


「結果的にバッファローに決めたことは正解だったと思います。

 バッファローに一報を入れたところ、先方はとても喜んでいました。

 年俸はメジャー最低の75万ドルですが、その分出来高を厚くしてもらいました。

 出場10試合ごとに10万ドル、ヒット10本ごとに10万ドル、ホームラン1本ごとに5万ドル、盗塁1つに対し1万ドルというような感じです。

 つまりシーズンを完走してホームラン54本、盗塁59個とかしたら、出来高だけで500万ドルを越えますよ」

 日本人にそんなの無理に決まっている…。


「あとはアメリカ往復のファーストクラスチケットはもちろんのこと、ご家族のためのビジネスクラスのチケット、メジャーに上がった時の通訳の費用、マイナーの時の自動翻訳機の費用、マイナーでのバス移動の際に二人掛けの席を1人で使用できる権利、移動時のホテルの一人部屋、プロテイン入りのチョコバーを1日2本、ミネラルウォーター1日1本。

 そういうものも勝ち取りました」

 だんだんみみっちくなっているような気がするが…。


「そ、そうですか。ありがとうございます…」

「先方からは正式契約前にメディカルチェックしたいので、一度来て欲しいと言われています」

「はい、わかりました。いつが良いでしょうか」

「そうですね。できるだけ早いほうが良いですが、いつ来れますか?」

「今は自主トレ中なので、いつでも大丈夫です」

「じゃあ明後日以降で時間を取れるか、先方に聞いてみます」

「はい、よろしくお願いします」

 そして電話を切った。


 そう言えば、札幌ホワイトベアーズにも連絡しないと。

 僕のケースでは譲渡金は年俸の25%なので、15万ドルかな。

 バッティングマシーンや練習用のネットくらいは買えるかな…。

 




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