第709話B KNOCKING' ON…

「おう、早かったな。何の電話だったんだ」

 内沢さんに声をかけられた。

「はい、代理人の方からメジャー球団からのオファーがあったとの連絡でした」

「本当か。それは良かったな。

 で、それはどこからだ?」

「はい、バッファローとモントリオールからです」

 それを聞くと内沢さんの顔が曇った。


「バッファローとモントリオールか…。どちらもやめておいた方が良いな…」

「それはどういうことですか?」

「バッファローはチームがガタガタになっていて、身売りの噂が絶えないし、モントリオールは不人気でやはり身売りの噂が絶えない。

 もう少し他のチームからのオファーを待ったほうが良いな…」

「え、でももう決めちゃいました。バッファローに…」

 内沢さんは絶句したようだった。


「マ、マジか?」

「はい、マジです」

「そ、それは良く考えて決めたのか?」

「ええ、まあ一応」

「うーん、そうか。まあお前の人生だから、人がとやかく言うことでは無いが…。そうか…」


「バッファローってそんなにヤバいんですか?」

「俺も人づてに聞いたり、報道で聞いたくらいだけど…。まあ、決めたんなら頑張れ…」

 内沢さんは言葉を濁している。

 そう言えば、こんな時こそ、あいつがいた。

 あいつに聞いてみよう。


 電話をかけたが、なかなかでない。

 本当に使えないやつだ。

 僕はしつこく電話をかけた。


「…はい。山崎です」

「おう、俺だ」

「ああ、何だこんな真夜中に…」

「何言っているんだ。まだ16時だぞ」

「それは日本時間だろ…。こっちは真夜中の2時だ…」

 山崎の声は眠そうである。


「あのさ、バッファローってどうだ?」

「あん、バッファローって、バッファローグレートフォールズか?」

「ああそうだ」

「あそこだけはやめとけ。モントリオールもやばいけど、そんなレベルじゃない」

「どういうことだ?」


「あのチームはオーナーが自分のステータスのために、チームを持っているようなもので、とにかく金をかけない。

 戦力にも金をかけないし、設備にも金をかけない。

 メジャーのチームは普通は遠征はチャーター機だが、あそこはバス移動が多い。

 球場も古くて、ロッカールームはかび臭いし、狭い。

 しかも金は出さないけど、口は出すタイプらしくて、スタメンや選手交代にまで口を出してくるそうだ。

 当然、年俸は低いし、ミールマネーもマイナーリーグ並らしい。

 うちのチームにバッファローからトレードされてきた選手が、あまりの環境の違いに泣いて喜んでいた。

 その他にもいろいろある。

 だから悪いことは言わない。あそこに行くなら、日本に残った方が遥かにマシだ」

 

「実はもう代理人に、バッファローに入るって言っちゃった…」

「マジか…。でも契約していなければまだ間に合うぞ。早く取り消した方が良いぞ」

 僕は一度天を見上げた。


「山崎、ありがとう。お前のおかげでバッファローの事が少しわかったよ」

「それなら良かった。俺のチームメートも環境が悪いから、あそことだけはやりたくないと言っている」

 僕はもう一度、天を見上げた。


「良いんだ…」

「良いって…、なにが?」

「俺はもともと、例えマイナー契約でも良いと思っていた。

 だからどんなに環境が悪くても良いんだ。

 やっぱり俺はバッファローグレートフォールズに入るよ」

「そうか…。まあ隆の人生はお前だけのものだ。後悔だけはしないようにすれば良い」

「山崎、ありがとう。そうさせてもらうよ」


「隆…」

「何だ?」

「俺もう寝て良いか。明日も自主トレで7時に起きなければならない…」

「ああそうか。好きにして良いぞ。じゃあな」

 そして僕は電話を切った。


 僕は改めてスマートフォンで、バッファローグレートフォールズの事を調べた。

 確かに悪い評判ばかりだ。

 独裁の名物オーナーが長年チームを牛耳っており、良い選手が育つとすぐにトレードの駒にする。

 バッファローに所属している選手のほとんどは、なるべく早くこのチームで成績を残して、他チームへ放出されることを望んでいるらしい。


 でも良いのだ。僕の進むべき道は僕が決める。

 コインで占った明日を生きてく。それが僕の望む自由さ。

 昔、こんな歌詞の歌をラジオで聞いた記憶がある。

 まさにそんな状況になりつつある。

 


 


 

 

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