第705話B 毎年恒例、愚連隊編

 僕は東京都内のホテルの一室で目が覚めた。

 私服のまま、眠ってしまったようだ。

 どうして今朝はこんなに眠いのだろう。

 妖怪のせいではもちろんない。三田村と原谷さんのせいだ。


 昨晩は静岡オーシャンズのドラフト同期組の忘年会だった。

 僕はなるべく早く帰ってホテルで休みたかったが、「俺の酒が飲めないのか」と脅され、真夜中の3時までつきあわされた。


 もちろん抵抗はした。

「俺の酒が飲めないのか」

「はい、飲めません」

「そうか、飲まぬなら、いいから飲めや、ホーホケキョ」

 という感じで酒を飲まされ、無理やりタクシーに押し込められ、歓楽街に拉致されたというわけだ。

 ああ、喉が痛い。

 昨日は歌いすぎたか…。


 そして明日は大阪で愚連隊連中との忘年会だ。

 きっとアメリカ球界挑戦について、嫌と言うほどイジられるのだろう。

(特に山崎に)


 結衣は翔斗、結茉を連れて大阪の実家に帰省している。

 来年、僕がアメリカに渡ったら、家族をどこに住まわせるのかも大きな問題だ。

 向こうで活躍したら、家族を呼び寄せたいが、まずは単身で渡る予定である。

 結衣は札幌での暮らしが気に入っているが、地縁者もいないので、大阪に戻るという選択肢もある。

 マンションも賃貸なので、引き払うことは問題ないし。


 話し合った結果、当面は札幌で暮らし続けることにした。

 翔斗も幼稚園で友達ができたし、結衣も札幌の暮らしを気に入っているらしい。

 Gがいないこと、梅雨が無いことが良いらしい。

 冬は寒いが部屋の中は暖かいし、マンションに住んでいるので雪かきも無い。

 地下鉄の沿線に住んでいるので、札幌中心街にでるのも楽である。

 ということで、当面は今の暮らしを継続することになった。


 夕方、ようやく酒が抜けたので、延長料金を払ってホテルを出た。

 明日に備えて、新幹線で大阪に向かうためである。

 明日の夜もいっぱい飲むというか、飲まされることになるんだろな、と思うと気が重い。


 そして翌日、重い足取りで会場に向かった。

 いっぱいいじられるんだろうな…。


「おう、主役。待っていたぞ」

 早速、店の入り口で幹事の新田が先制パンチをかましてきた。

「よお、元気そうだな。みんなきているのか?」

 会費を払いながら、聞いた。


「ああ、お前の話を聞きたいと山崎が張り切っていたぞ」

「悪い。俺、急用を思い出した」

 僕は踵を返して、入り口を出ようとした。


「痛え」

 すると入り口にゴリラが立っていた。

「誰だ、ここにゴリラを放し飼いにした奴」

「誰がゴリラだ。ていうか、お前、どこに行くんだ?」

「いや、急用を思い出して…」

「ほう、急用って何だ?」

「いやシーズンオフなんで、休養を取ろうかと…」

「そうか、じゃあ明日から目一杯休養するんだな」

 ということで僕は襟首を掴まれて、愚連隊の真ん中へ放り投げられた。


 ゴリラ、もとい平井は元々はプロ野球選手だったが、引退し、今は鉄道会社で働いている。

 ゴリラの駅員として、子供たちに人気のようである。


「よお、俺のせっかくのアドバイスを無視しやがって…」

 席に座ると、早速山崎が絡んできた。

「お前のアドバイスは、日本残留、アメリカ球界挑戦のどちらを選んでも悲惨な結末を迎える、っていう内容だろう」

「いやいや、それでも日本残留の方がまだマシとも言ったはずだ」

 

 僕のポスティング申請は、期限ギリギリの12/15に行われ、無事に受理された。

 あとはオファーを待つだけである。

 1/30までの間、落ち着かない日々になりそうだ。


「でも俺は凄いと思うぞ」

 錦戸が言った。

「ほら、青年は荒野を目指せって言うだろ。

 隆は文字通り、バスに揺られて荒野を転々とすることになる。

 自分から荒野を目指すなんて立派だよ」


 それは僕がマイナー契約で、マイナーリーグを転々とするという意味かな?

 交渉が不利になるので口には出していないが、自分ではマイナー契約でも良いと思っている。

 とにかくアメリカへ行きたい。

 アメリカで野球をやりたい。

 今の思いはそれだけである。


「とりあえず無謀な挑戦を選んだ、我らがヒーロー、高橋隆介にエールを送ろう」

 会の最後に、葛西が言った。

 葛西は来季も新潟コンドルズでの現役続行が決まっている。


 いや、結構です。

 お構いなく。

 僕は固辞しようとしたが、体を掴まれ、胴上げされた。

 頼むから落とさないでね。

 落としたら化けてでるからな…。


 ということで毎年恒例の忘年会もつつがなく終わった。朝の5時に…。

 もう若くないんだから、オールはやめようよ…。 

 ああ、喉が痛い。

 今日も歌いすぎた…。

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