第704話B 聖地巡礼?
アメリカ球界に挑戦することを決めたことを報告すべき人が何人かいる。
一応恩師という事にしている山城さんもその一人であるが、先日、向こうから電話がかかってきた。
どうやら、来シーズンから静岡オーシャンズのコーチとして、招聘されたらしい。
(ちなみに作者によると、「しょうへい」を変換すると、一番最初に翔平が出てきたそうだ)
そして報告すべき人の一人。それは僕のファン第一号の少年である。
毎シーズンオフには静岡にある必ず彼の家を訪問し、シーズンの報告をするのが恒例となっているのだ。
「こんにちは、今年も来ちゃいました」
「どうぞ、いらっしゃいませ」
今年も玄関でご両親、そして札幌ホワイトベアーズのユニフォームを着た男の子と女の子が出迎えてくれた。
「大きくなりましたね。拓君は今年小学校ですか?」
僕は茶の間に通され、ソファーに座っている。
「そうなんですよ。小学校に入ったら、早速少年野球チームに入ることにしていて、週末には主人とキャッチボールをしているんです」
「そうですか。拓君、はいおみやげ」
僕は包装紙で包み、リボンをつけたプレゼントを男の子に渡した。
ちなみに女の子には動物の人形がついたドールハウスを持ってきた。
「わあ、ありがとう。開けてもいい?」
「どうぞ、そうぞ」
拓君と呼ばれた男の子は包みを開けた。
「わあ、グローブだ。やったー、ありがとう」
本当にうれしそうに手にはめて飛びはねている。ちなみに僕のサイン入りだ。
背番号58も入れている。
説明が遅くなったが、僕のファン一号は7歳の男の子だ。
その子はそれから11年が経った今でも7歳のままである。
つまり7歳の時に病気で亡くなったのだ。
その子は僕がプロ一年目のキャンプの時に、キャンプ地に来てくれた。
生まれつき病気でお医者さんから最後の外出許可が出た時、他のことを差し置いて、僕に会いに来てくれたのだ。(第10話)
もともと静岡オーシャンズのファンだったが、5月8日生まれという事で、背番号58の僕に親近感を持ったらしい。
そして僕はその子が来ていた僕のユニフォームにサインし、手に持っていたバットにサインして渡すと、飛び上がって喜んでいた。
拓君はその子が亡くなった後に生まれたので、お兄さんの事は写真で見るだけだろう。
でもさっきのグローブをあげた時の喜び方を見ると、あの子とそっくりだな、と微笑ましく思った。
「拓君は裕君に似てきましたね」
裕君と言うのが、僕のファン第一号の男の子の名前である。
「ええ、本当に。年齢も裕に近くなってきましたし…」
お母さんがそう言って微笑んだ。
「高橋選手、キャッチボールしようよ」
拓君が僕の腕を引っ張った。
「こらこら拓。高橋選手はシーズンが終わったばかりで、疲れているんだぞ」
「良いんですよ。よし拓君、キャッチボールをやろうか」
僕は立ち上がった。
そして近くの公園で、軟式ボールを使って15分ほどキャッチボールをした。
まだ6歳なのに投げ方は様になっている。
なかなかセンスがあるかもしれない。
「拓君、上手になったね」
社交辞令ではなく本当にそう思った。昨年もゴムボールで少しキャッチボールをしたが、その時よりも遥かに上手くなっている。
「本当?、嬉しいな。僕、大きくなったら高橋選手みたいになりたいんだ」
「そうか。いつか一緒にプレー出来れば良いね」
「うん」
僕は拓君の手をつないで、家に帰った。
「来シーズンはアメリカに行かれるんですね」
「はい、どうなるかはわかりませんが、ポスティング申請することにしました」
「そうですか。一ファンとしても高橋選手の活躍を楽しみにしています」
そう言ってお父さんは、仏壇の裕君の遺影を見た。
写真の中の裕君は、静岡オーシャンズの帽子を被り、ユニフォームを着て笑っている。
僕がずっと背番号58を付け続けているのも、ファン一号である彼がいつも僕の事を見つけられるようにである。
僕は引退するまで、可能な限り背番号58を付けたいと思っている。
「それではこれでお暇します」
ご両親と拓君、そして妹の陽菜ちゃんが玄関で僕を見送ってくれた。
来年もシーズンオフには訪れるつもりだし、もしアメリカで活躍できたら、是非、ご家族を招待したい。
そう思いながら、帰路についた。
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