第702話B 記者会見

 僕は広報の新川さんに案内されて、記者会見場に入った。

 カメラが7台、記者も20名近くいる。

 それなりに注目されているのだろうか。

 

 壁には大きな球団旗が貼られており、机と椅子が用意されている。

 僕は球団旗に一礼し、椅子に座った。


「それでは高橋選手のポスティング申請に関する記者会見を始めます。

 質問のある方は挙手をお願いします」

 新川さんの発声で、10人くらいの記者の方が一斉に手を上げた。


「〇〇新聞さん、お願いします」

「はい、〇〇新聞の△△です。まず今回、ポスティング申請を決断された理由をお聞かせ頂けますでしょうか」

「はい、一言で言うとアメリカ球界への憧れです。

 プロ3年目のシーズンオフ、静岡オーシャンズの黒沢選手に誘っていただき、フロリダで自主トレを行いました。

 その時には将来、こんなところで野球ができたらなあ、と漠然とした憧れを抱いただけでした。

 当時は一軍に定着すらしていませんでしたので、夢のまた夢でしたが、少しずつ一軍の試合に出させて頂けるようになり、また数字も残せるようになってきたことで、段々とその夢が大きくなってきました。

 後悔するなら、やって後悔しようと考えました」

 以下、マスコミ名と記者名は省略する。


「ポスティング申請ということですが、希望の球団はありますか?」

「いえ、もし入札して頂ければどこにでも行きます」


「日本人野手、特に二遊間の選手はメジャーでは苦戦する傾向がありますが、その点はいかがですか」

「はい、一応今シーズンは外野手もやりましたので、試合に出るためなら何でもやります。

 代走でも守備固めでも、出場機会を頂ければ目一杯頑張ります。

 ゴールキーパーをやれと言われたとしても、やります」

 会場内を冷たい空気が流れた。完全に滑った。


「…。札幌ホワイトベアーズとしては、複数年契約を提示したという報道もありますが、それを蹴っての大リーグ挑戦。金銭面よりも夢を選んだということでしょうか」

「いえ、日本に残留しても夢はあります。

 ただ人生は一度きりですので、今回は迷った末、メジャー挑戦を選んだということです。お金の事はあまり考えていません」


「ご家族の反応はいかがですか」

「はい、妻は一度アメリカで暮らしてみたかったと言ってくれており、応援してくれています」


「もしマイナー契約でも、渡米しますか?」

「あくまでもメジャー契約が希望です」

 ここでマイナー契約でも良いと言ってしまうと、マイナー契約のオファーしか来ないと、代理人のタナカに釘を刺されている。


「もしメジャー契約のオファーが無ければ、日本に残留という事でしょうか」

「その時はその時に考えます。今の時点ではそこまで考えていません」


「札幌ホワイトベアーズのファンに向けて、一言お願いします」

「はい、まず最初に今回ポスティングを認めて頂いた、札幌ホワイトベアーズに感謝したいと思います。

 そして札幌ホワイトベアーズファンの皆様。本当にありがとうございました。

 トレードで来た僕を温かく迎えて頂き、また球場での日々の応援、本当に勇気づけられました。

 今回のメジャーリーグ挑戦は、はっきり言って僕のわがままです。

 もしかしたら、失望されたファンの方もいるかもしれません。

 でも虫の良いことを言うかもしれませんが、引き続き僕の事を応援してくれれば嬉しいです」


「いつか札幌ホワイトベアーズに帰ってきたい、というお気持ちはありますか」

「もちろんです。でも退路を断って行く覚悟ですので、戻ってくることは考えていません」


「高橋選手は英語は話せますか」

「リロビッ」

「?」

「リロビッ」

「???」

 英語で少しの事を"a little bit"と言うらしい。

 ネイティヴはリトルビッツでは無く、リロビッと発音する。

 以上、高橋隆介のワンポイント英会話でした。


「高橋選手は車酔いは大丈夫ですか?」

「あまり強くはありません。子供の頃は良く車酔いしました」

「向こうでは10時間以上、バスに揺られるのもザラですから、酔い止めを沢山持って行った方が良いですよ」

 それはどういう意味だろうか…。僕がメジャーに上がれず、マイナーリーグで各地を転々とするとを言いたいのだろうか。

 失礼しちゃうわ。プンプン。


「ハンバーガーはお好きですか?」

「まあ好きな方です」

「それなら大丈夫ですね」

 だからそれはどういう意味だ?

「でもステーキの方が もっと好きです」

「そうですか。毎日ステーキを食べられれば良いですね」


「アメリカにはご家族を連れて行かれるのですか?」

「いえ、子供も小さいですし、最初は単身で渡ります。向こうの生活に慣れたら、家族を呼びたいと思います」


「同じ群青大学付属高校出身の山崎投手もメジャーリーグで活躍されていますが、山崎投手とは何か話しましたか?」

「ヤマザキ…ですか?、何か偉そうにアメリカでの生活についてうんちくをたれていました」


「ファンからすると、高橋選手と山崎投手がメジャーの舞台で対戦するのは楽しみですが、その点はいかがですか?」

「そうですね…。その時はお手柔らかにしてほしいと思います」


「最後に意気込みをお聞かせください」

「はい、向こうに骨を埋めるつもりで頑張ります。これからも応援、よろしくお願いします」


 ということで失言をすることもなく、記者会見は無事終わった。

 我ながら成長したと思う。みなさんもそう思いませんか?

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