第31話:辺境の探究者
森の中での採取依頼をこなし始めてから数日。僕たちは徐々に冒険者の生活に慣れつつあった。朝早く起きて簡単な準備運動をし、装備を整え、ラフィナと一緒にギルドに向かう。受ける依頼は主に採取や小型魔物の討伐が中心だが、一つ一つが貴重な経験だ。
ヒールグラスやミストハーブなどの採取依頼を何度かこなす中で、ラフィナも随分と慣れてきた。初めは恐る恐る草を摘み取っていた彼女も、今では見つけた植物の特徴を僕に自信たっぷりに説明してくれる。
「リオお兄ちゃん、これって『サンライトフラワー』だよね?」
「そうだね。よく見つけたね、ラフィナ」
僕が微笑むと、彼女は得意げに胸を張る。彼女がこんなに生き生きとするのを見るのは、僕にとっても嬉しい。
採取のコツも掴み、効率よく目的地を巡ることができるようになった。読んだ本をもとに、魔物が集まりやすい場所を避ける方法や、風向きを利用した警戒の仕方も自然と身についてきた。ギルドに戻るたびに、受付の職員がラフィナに「いいペースで成長してるな」と感心してくれるのが密かな喜びだ。
ある日、採取依頼の帰り道で遭遇した魔物「ノコギリラット」を討伐した経験が評価され、僕たちは小型魔物の討伐依頼を受けられるようになった。
「ノコギリラット5匹の討伐か……簡単そうだけど油断はできないね」
「うん、私も頑張るよ!」
ラフィナは意気込んでいたが、実際に魔物を目の前にすると少し怖がっていた。でも、いざ戦闘が始まると、彼女の動きは驚くほど冷静で的確だ。
「リオお兄ちゃん、そっちの魔物お願い!」
彼女が短剣で一匹を引きつけながら、僕が別の一匹を仕留める。魔物の弱点を突く攻撃を練習してきた甲斐もあり、討伐は順調だった。依頼を終えて戻る頃には、彼女は疲れた顔をしながらもどこか誇らしげだった。
「私、ちゃんとできたかな?」
「もちろんだよ。ラフィナは本当に頼もしいね」
その言葉に彼女は嬉しそうに笑い、僕の袖を掴んで小さく頷いた。
何度か依頼をこなしていくうちに、僕たちの防具にも少しずつ傷が増えてきた。ギルドの片隅にある手入れスペースで、防具の修繕や点検をするのが日課になりつつある。
「リオお兄ちゃん、これ、もうだいぶボロボロだよね」
「そうだね。でも、これも頑張った証拠だよ。そろそろ新しい装備を考える時期かもね」
ラフィナは自分の防具を眺めながら小さく頷いた。ギルドのベテラン冒険者たちが装備を自慢し合っているのを見て、彼女も少し憧れを抱いているようだ。
最初は何もできないと不安げだったラフィナも、今では自分から進んで動けるようになった。採取の際には率先して植物を探し、討伐では僕と息を合わせて魔物に対処する。彼女の成長を間近で見ていると、なんだか自分も励まされる気分になる。
「私、もう少し頑張れるよ!リオお兄ちゃん、次の依頼も一緒に頑張ろうね!」
彼女のそんな言葉に、僕も自然と微笑む。
依頼をこなしていく日々を過ごしながら、今日もまた図書館を訪れた。
読む本を選んでいると、柔らかな足音が背後から近づいてきた。何となく気配を感じて顔を上げると、知的な雰囲気をまとった若い男性が、腕を組みながら僕をじっと見つめていた。背が高く、薄い金髪が光を受けて淡く輝いている。鋭い灰色の瞳が印象的で、まさに「学者」という言葉が似合う。
「失礼、君が読んでいるその本、読み終わったらで構わないから、私にも貸してくれないか?」
少し低めの落ち着いた声。彼の視線は僕の手元の本に注がれている。僕が持っていたのは、「魔力の理論とその実践」という本で、魔力の流れや操作について解説した少し難しめの内容だ。
「この本ですか?もちろん、読み終わったら渡しますよ」
僕が穏やかに答えると、彼は一瞬だけ目を細めて微笑んだ。だが、その次の言葉には少し棘があった。
「だが君、その本の内容を理解しているのかい?どう見ても若い……いや、失礼、かなり若く見えるが」
その挑戦的な言葉に、僕は苦笑しながら本を閉じた。
「理解はしていますよ。むしろ、この本の補足資料が欲しいくらいですけど」
「ほう?」
彼の目が輝いたのが分かった。そして次の瞬間、彼は身を乗り出すようにして僕を見つめ、興奮気味に言った。
「それならば、君、どう思う?魔力の流れは『自然に従う』のか、それとも『意志によって変える』べきなのか。これは、ずっと論争が絶えないテーマだが、君の考えが聞きたい」
唐突な問いかけに驚きつつも、僕は少し考えてから答えた。
「どちらか一方ではなく、両方を考慮するべきじゃないですか?自然の流れを理解し、それを意志で補正する。それが効率的な魔力の操作方法だと思います」
その言葉に、彼は目を見開いた。
「なるほど!その発想は……いや、素晴らしい!それならば、君、自然魔力の『渦』についてはどう考える?これは本の中でも賛否が分かれるテーマだが!」
彼の勢いに押されながらも、僕は冷静に答えた。
「『渦』という現象は、魔力が集中している状態ですよね。渦を作り出すことで効率を上げる方法もありますが、それ以上に渦が他の流れに与える影響を考えるべきだと思います」
すると、彼はまるで何かに取り憑かれたかのように興奮し、さらに質問を続けようとした。その声が少し大きくなり、周囲の人々がちらちらとこちらを見ているのに気付いた時だった。
「静かにしてください!」
司書さんの鋭い声が飛び、彼は慌てて背筋を伸ばして謝罪した。
「す、すまない、つい熱が入りすぎてしまった……」
僕も軽く頭を下げる。司書さんが去ると、彼は少し声を潜めながら再び話しかけてきた。
「失礼した。だが君、本当に面白い意見を持っているな。この短時間でこれほどの知識を持つ者に出会えるとは思わなかった」
彼は僕をじっと見つめると、少し考え込んだ後、何かを決心したように口を開いた。
「私はライゼン。リベリティア公国の研究機関『アルセノア学術院』の一員だ。君がもしこの図書館での学びを終えたら、ぜひ学術院に来てほしい。君のような若い才能が、ここで埋もれるのは惜しい」
ライゼンさんは静かに微笑みながら小さな紙片とペンを取り出した。古い羊皮紙に整った文字で何かが綴られていく。
「これはね、私から学術院への紹介状だ。君たちにどうしても訪れてほしいというわけじゃない。ただ、もし興味があれば一度訪ねてみてほしいんだ」
「本にはあまり書かれていない事も知れそうですね」
「そう。ここはリベリティア公国でも魔導学や歴史の研究が進んでいる場所だ。学者たちが集まる場だけど、一般の訪問者も歓迎している。ただの見学でも十分に楽しめるはずだよ」
彼の言葉には強引さはなく、本当に興味があるなら訪れてみてほしいという柔らかな気持ちが伝わってきた。
「勧誘というわけじゃない。安心してほしい。ただ、リオ君のような人にとって、きっと有益な場になると思う」
「ありがとうございます。一度考えてみます」
「ラーディア市にある。ここから東に数日の距離だが、訪れる価値はある場所だ。君のような若者が来てくれると、私たちも非常に助かる。冒険者と学術院に所属する魔法使いが共存している珍しい場所でもある」
彼の瞳には、本当に僕に期待している様子が見て取れる。そして突然立ち上がると、何かを思いついたように声を上げた。
「だが、私はこうしてはいられない!今の議論で新しいひらめきがあった。すぐにそれを形にしなくては……!」
そう言うと、ライゼンは図書館を慌ただしく後にした。僕はその背中を見送りながら、小さく苦笑を浮かべた。
「本当にエネルギーのある人だな……」
隣でラフィナがぽつりと呟いた。
「嵐みたいな人だったね」
僕は肩をすくめながら、再び本を開いた。
「僕はただ本が好きなだけだよ。でも、こういう出会いも悪くないね」
再び図書館の静けさに包まれながら、僕たちは本を手に取り、静かに時間を過ごした。
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