第26話:知識の宝庫

朝日が差し込む窓から、ラードネスの街がゆっくりと目覚めていく。宿の窓際で、僕は朝の光を浴びながら身支度を整えていた。昨夜は家族経営の温かい宿で、久々にぐっすり眠れた。ラフィナも、穏やかな寝顔で隣の小さなベッドに横たわっている。


「さてと、今日は図書館に行こうか」


そう呟くと、ラフィナが眠そうな目を擦りながら、こちらを見上げてきた。


「図書館……リオお兄ちゃん、本が好きなんだね?」


僕は少し驚きながらも、ふっと笑って頷いた。


「うん、本はいいよ。新しい知識がたくさん詰まってるし、これまで知らなかった世界を覗ける気がするからね」


ラフィナはその言葉に首を傾げながらも、柔らかく微笑んだ。


「私も、本ってもっと読んでみたい……」


彼女のそんな言葉に、心の奥が少し温かくなる。きっと彼女も、これからもっとたくさんのことを知っていくんだろう。




朝食を済ませた僕たちは、宿の女将さんに教えてもらった図書館へ向かうことにした。街の中心部にあるというその図書館は、歴史ある建物だという。


知恵を重んじる考えが強い国だから、辺境に近い街であっても図書館がある場合が多いらしい。


また、本の取り扱いに関しても方の整備が厳重になされているようだ。


街を歩いていると、石畳の道には朝の活気が溢れていた。商人たちが露店を広げ、香ばしいパンや焼き立ての肉串の匂いが漂ってくる。子どもたちが笑い声をあげながら駆け回り、冒険者たちは装備を整え、ギルドへ向かう姿が見える。


「リオお兄ちゃん、あっちに行ってみようよ!」


ラフィナが指さしたのは、道端で小さなパフォーマンスを披露している大道芸人だった。火の玉を操りながら、軽やかな動きで観客を魅了している。


「すごいね。あれは火属性の魔法だね。シンプルだけど、あそこまで制御するのは難しいんだ」


僕の説明にラフィナは目を輝かせながら、その様子を見つめていた。



しばらく歩くと、目の前に荘厳な建物が現れた。灰色の石造りで、天高くそびえる大きな門。その中央には「ラードネス中央図書館」と刻まれている。


「ここが図書館……すごい!」


ラフィナが感嘆の声を上げる。彼女の目には驚きと期待が混じり、吸い込まれそうな碧眼が輝いていた。


「確かに立派だね。さぁ、入ってみよう」


僕は彼女を促しながら扉を押し開けた。その瞬間、ひんやりとした空気とともに、本の香りが鼻をくすぐる。高い天井の下には、無数の本棚が規則正しく並び、棚ごとに色とりどりの背表紙が並ぶ壮観な光景が広がっている。


「……いいなぁ、この匂い」


僕は思わず呟いてしまった。本の香り、それにこの静寂が、どうしようもなく心を落ち着けてくれる。

島にはこれほどの本は無かったし、初めて感じる雰囲気だけど心地良さを強く感じる。




受付のカウンターに近づくと、そこには眼鏡をかけた若い司書が座っていた。控えめで落ち着いた雰囲気の女性だ。僕たちに気づくと、優しい微笑みを浮かべて迎えてくれる。


「いらっしゃいませ。ラードネス中央図書館へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「冒険者として役立つ知識を探しに来ました。魔物の情報や地図、その他冒険に必要な本を見てみたいです」


僕が答えると、司書の女性は静かに頷きながら、ふと僕の顔をじっと見つめた。その瞳には、一瞬驚きの色が浮かんでいる。


「……申し訳ありません、少し失礼しました。あまりにも……いえ、とてもお若いのに、冒険者をされているのですね」


僕の顔になにか付いてたのかと思ったが特にそういう訳でもないみたいだ。

司書の視線が少し恥ずかしくなり、僕は軽く咳払いをして話を続けた。


「それで、魔物に関する本や、リベリティア公国の地図を見たいんですが、どの棚に行けばいいですか?」


彼女はハッとしたように顔を赤らめ、再びにこやかに微笑みながら答えた。


「はい、こちらの棚をご覧ください。魔物の生態や弱点、薬草に関する知識の本が揃っています。また、公国全体の地図は地理学の棚にございます。必要であれば、お声がけください」


そう言って彼女が手を差し出した方向には、広い本棚の列が並んでいた。


「ありがとうございます」


僕は軽く頭を下げ、ラフィナを促しながら棚へ向かった。彼女は僕の袖を軽く握り、緊張した様子でついてくる。




本棚の前で立ち止まり、数冊を手に取る。その背表紙を眺めているだけでも、どれも興味深いものばかりだ。


「リオお兄ちゃん、本ってこんなにたくさんあるんだね……」


ラフィナが小声で感嘆する。僕は微笑みながら、本のページをそっと開いた。


「そうだね。でも、この中から必要な情報を見つけるのが、意外と難しいんだよ。さぁ、一緒に探してみようか」




図書館の奥へと進み、魔物の生態や依頼に役立ちそうな本が並ぶ棚の前に立った。手に取った本の背表紙には「ノトゥリオ大森林の魔物一覧」と記されている。中をパラパラとめくると、魔物のイラストや特徴、簡単な生態が記されていて、非常に分かりやすい。


「これは良さそうだね」


僕が呟きながら本を手に取ると、隣でラフィナが小さな声で問いかけてきた。


「リオお兄ちゃん、本ってどれを読めばいいか分かるの?」


「うん、ある程度目次や内容をざっと見れば、必要な情報が書いてあるかどうかは分かるよ。それに、読み慣れるとどの部分が重要かが自然と分かってくるんだ」


そう言って、僕はさらにいくつかの本を手に取る。手当たり次第ではなく、効率的に――自分でも驚くほどの速さで目を走らせ、本の内容を頭に叩き込んでいく。




本を数冊開き、内容を確認しながら次々と読む。僕の手の動きと視線は速く、それを見ていたラフィナが目を丸くしている。


「リオお兄ちゃん、早すぎない?そんなに早く読んで、内容分かるの?」


「大丈夫だよ。ちゃんと頭に入ってるから」


ページをめくりながら、僕は彼女に微笑みかける。僕自身、前からエルシアに突っ込まれるくらいには本を読むのは得意だったけど、この速度は自分でも驚くほどだ。きっと『星ノ眼レーヴェ』のおかげで、情報を効率的に処理する能力が向上しているんだろう。




僕が本を読み進める中で、ラフィナも興味深そうに棚の本を手に取る。しかし、厚くて難解そうな本を前に、少し戸惑っているようだ。


「リオお兄ちゃん、これ……読めるかな?」


彼女が手に取ったのは、古い魔物図鑑の一冊。文字がびっしり詰まっていて、読むだけで疲れそうな本だ。


「うーん、それはちょっと難しいかもしれないね。こっちの方が分かりやすいかも」


僕は別の棚から「冒険者向け 初心者魔物図鑑」という本を取り出し、彼女に手渡した。それはイラストが多く、簡潔な文章で説明が書かれている。


「これなら読みやすいと思うよ」


「ほんとだ……ありがとう、リオお兄ちゃん」


彼女が嬉しそうに本を開き、その中をじっと見つめているのを見て、少し安心する。




しばらく読書を続けていると、周囲の視線に気づく。どうやら僕の異常な読書スピードに、他の利用者や司書の女性も気づいたらしい。何冊もの本を次々と読み進める僕の様子を、驚いたような目で見ている。


「すごい……あの若い人、どうやってそんなに早く読んでるの?」


「見てるだけで内容が分かるんじゃないかってくらいだな……」


図書館の静けさを保ちながらも、小さな囁き声が聞こえてくる。その視線に少しだけ気恥ずかしさを覚えつつ、僕は本を閉じて積み上げた。




魔物や依頼に関する本を読み進める中で、ふと一つの疑問が浮かんだ。


「魔物を連れて街を歩く場合、どうすればいいんだろう?」


本を調べてみると、魔物を伴う冒険者はギルドでの登録が必要らしい。魔物の種類や性格、安全性を確認した上で、許可証を発行してもらう仕組みになっているようだ。


「なるほど、登録が必要なのか。でも……ルミやコウはどうする?」


彼らは一般的な魔物とは大きく異なり、僕の『|召喚魔法』で呼び出された存在だ。さらに、以前『星ノ眼レーヴェ』で確認した時も、ほぼ同一個体の存在しない希少な種だと記録されていた。


「図鑑にも載ってないし、このまま登録すると、逆に目立つかもしれないね」


僕は少し悩みながら、別の魔物に偽装して登録する方法を考える。それなら、無用な疑いを避けることができるだろう。




そんなことを考えながら、僕は手に取った本を一冊ずつ閉じていった。隣ではラフィナが一生懸命に図鑑を読んでいる。その姿は健気で、一緒にこうして学ぶ時間が少し愛おしく思えた。


「リオお兄ちゃん、この魔物、すごく大きいね!」


彼女が指さしたのは、ノトゥリオ大森林に生息する巨大な熊型の魔物のイラストだ。その無邪気な笑顔に、僕は思わず笑ってしまう。


「うん、大きいね。でも、もし遭遇したら危ないから、近づかないようにしようね」


「わかった!」


彼女の素直な返事に微笑みながら、僕たちは図書館での時間を楽しんだ。知識を蓄えること――それは、これからの冒険に欠かせない力になる。僕はその確信を胸に、本の山を返却棚に戻し始めた。



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