第25話:暖かな屋根の下
ギルドの手続きが終わり、僕たちは一旦休むための宿を探そうと考えていたが、まずはさっき渡した魔結晶の報酬を受け取りに行くことにした。ギルドの施設内には、素材の鑑定や買い取りを専門に行う部屋があるらしく、僕たちは職員さんに案内されてその部屋へと向かった。
社会では殆どの機会で金銭を必要とするようだから、なるべく多く持ってた方がラフィナも健全な生活が送りやすいだろう。
鑑定部屋の扉を開けると、中には整然とした棚と、魔結晶や薬草、貴金属などが並べられた小さな展示ケースが目に入った。部屋の奥には、実直そうな中年の男性が座っており、眼鏡越しにこちらを見上げた。
『審判の目』も善人であると主張している。門の時から人に恵まれているようだ。
「おや、君たちが先程の魔結晶を渡してくれた冒険者だね?」
その男性が立ち上がりながら微笑んで言った。黒い髪に少し白いものが混じり、眼鏡の奥の鋭い目は経験を積んだ冒険者のような雰囲気を漂わせていた。
「はい。魔結晶の報酬を受け取りに来ました」僕が答えると、彼は頷いてカウンターの上にある記録簿を開いた。
「君たちの名前はリオヴェルスと……ラフィナ、だったね。僕はこのギルドの素材鑑定を担当しているエドランだ。よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします」僕が軽く頭を下げると、ラフィナも緊張した様子でペコリとお辞儀をした。
エドランさんは渡した魔結晶について記されたページを確認すると、棚から銀貨の束を取り出してカウンターに並べた。
「さて、魔結晶の価値だが……さっきの査定結果通り、銀貨58枚分の報酬が出ることになった。内訳としては、前金で渡した10枚を差し引いて、残り48枚だ」
彼がカウンターに並べた銀貨の輝きを見て、ラフィナが目を丸くして僕の袖を引いた。
「リオお兄ちゃん、こんなにたくさん……」
「それだけ質が良かったってことだよ」僕は笑いながらラフィナに応じた。
エドランさんは銀貨を整えながら、僕の方に視線を向けた。
「君、10級だと聞いたが、普通の新人冒険者がこんな質の良い魔結晶を持ってくるなんて珍しい。よほど運が良かったのか、それとも実力があるのか……」
軽く探りを入れるように聞いてくるが、逆に怪しいと思わない人はいるのだろうか?
「えっと、まぁ、少し運が良かっただけですよ」
僕はあまり目立たないように答えたが、エドランさんの目はどこか興味深そうだった。
「そうか。まぁ、何にせよまた良い素材を手に入れたら僕の名前を出してくれ。このギルドでは、鑑定担当の名前を指定して取引できる仕組みもあるからね。僕なら君たちの素材をしっかり査定して、良い値段を出す自信があるよ」
「わかりました。次回もよろしくお願いします」
僕は礼を言いながら、銀貨を受け取った。
エドランさんは最後にもう一度軽く頷くと、こう付け加えた。
「それと、もし宿を探しているなら、『風車亭』という宿をおすすめするよ。ここから少し歩いたところにある小さな宿だが、家族で経営していて、静かで清潔だ。何より、温かい食事が評判だからね」
街に来たばかりの僕たちに気を使って宿も教えてくれた。この街の地理に関しては全く知らないので非常に助かる。
「そうなんですね。ありがとうございます、行ってみます」
ギルドを出た僕たちは、エドランさんの言葉を頼りに街を歩き、『風車亭』を目指した。日が傾き始めた街は、活気のある昼間とはまた違った落ち着いた雰囲気に包まれている。露店のいくつかは片付けられ、街灯がぼんやりと灯り始めていた。
やがて辿り着いた『風車亭』は、木造の可愛らしい建物だった。屋根には小さな風車の装飾がついており、看板には手書きで「風車亭」と書かれている。外からでも温かい光が窓から漏れ、心地よい雰囲気が漂っていた。
扉を開けると、中には暖かな木の香りが広がり、奥から女性の優しい声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ。お客様、宿泊でよろしいですか?」
声の主は、30代半ばくらいの母親らしき女性だった。エプロンをつけた姿は素朴で親しみやすく、彼女の後ろには10歳くらいの女の子が顔を覗かせている。
「はい。僕たち二人分、泊まれる部屋を探しているんですが」
「もちろんございますよ。どうぞ、お入りください。お嬢さんもどうぞ、寒かったでしょう?」
ラフィナは少し恥ずかしそうに僕の後ろから顔を出したが、女の子が近づいてきて声をかけてくれた。
「こんにちは。私、エミリーっていうの。お姉ちゃんは?」
「えっと…ラフィナ…」
ラフィナは戸惑いながらも答え、エミリーの無邪気な笑顔に少し緊張が和らいだようだった。
「この子が自分から喋りかけるなんて珍しいわ。良ければ仲良くしてちょうだい」
仲のいい友達が出来れば僕も嬉しい。早計かもしれないけどこの宿を教えて貰ってよかった。
「いつまで泊まる予定ですか?食事は必要?」
「いつまでいるかは分からないですが、1週間程で。延長することは可能でしょうか?それと食事は朝と夜いただけると嬉しいです」
「どれも問題ございません。では早速空いてる部屋に案内しますね」
母親が案内してくれた部屋は、木目の温もりが感じられるシンプルな作りだった。ベッドが二つ、机と椅子が一つずつ、清潔な布団が整えられていた。
「夕食はすぐにご用意できますので、ゆっくりしていてくださいね。何かご要望があれば、気軽に声をかけてください」
「ありがとうございます」
僕たちは部屋に荷物を置き、一息ついた。
「リオお兄ちゃん……この宿、すごく暖かいね」
ラフィナが嬉しそうに部屋を見回しながら言った。その笑顔を見て、僕も少しだけ緊張がほぐれた気がした。
「そうだね。エドランさんのおかげで良い場所を見つけられたよ」
少しは落ち着いているようだけど、ラフィナがいつパニックを起こすかは明確でない。
寝ている時もよく魘されており、風属性に親和性の高いラフィナは僕の『癒しの風』によくお世話になっている。
安眠用に魔道具を作ってみるのもいいかもしれないね。
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