第23話:門
壁に沿って歩き続けていると、ようやく目の前に大きな門が現れた。高くそびえる鉄製の扉は、堂々とした威圧感を放っており、その両脇には鋭い槍を持った衛兵が立っていた。
「リオお兄ちゃん、これが街の門なの?」
ラフィナが僕の袖を軽く引っ張りながら、不安そうに尋ねてくる。彼女の大きな碧眼には、緊張と期待が入り混じっているのが分かった。
「そうみたいだね。この門をくぐれば、いよいよ街に入れる」
そう言って彼女を安心させようと微笑むが、自分自身も少しだけ緊張していた。この大陸での初めての街。どんな出会いが待っているのか、胸が高鳴る。
門の前に到着すると、衛兵の一人が槍を軽く構え直し、僕たちに鋭い視線を向けた。年配の衛兵は低く落ち着いた声で話しかけてくる。
「ここから先はリベリティア公国の領地だ。入るなら身分証を見せてもらおう」
「すみません、僕たちは身分証を持っていないんです」
僕が素直に答えると、衛兵たちは顔を見合わせて困惑したような表情を見せた。もう一人の若い衛兵が口を開く。
「身分証がなければ入れないのが基本だが……臨時の身分証を発行する手段もある。だが、手数料は銀貨3枚が必要だ」
「銀貨3枚……」
僕は軽く頭をかきながら財布を確認するふりをしたが、当然ながら中身は空っぽ。ラフィナが不安げに僕を見上げてくる。
「リオお兄ちゃん、大丈夫……?」
「大丈夫だよ、心配しないで」
そう言って彼女を安心させると、僕はバックから取り出すようにして『ストレージ』を開き、魔結晶を取り出してみせた。
あまり人前で『ストレージ』は見せない方がいいって聞いたからね
「お金の代わりに、これでどうですか?」
手のひらに乗せた魔結晶は、透き通る青い光を放っており、昼間の陽光を受けてキラキラと輝いている。それを見た衛兵たちは目を丸くした。
「これは……ただの魔結晶じゃないな。おい、こんな上質なものをどこで手に入れた?」
若い衛兵が疑い深い目を向けてくるが、年配の衛兵が手を上げて彼を制した。
「待て。一度冒険者ギルドの者を呼んで確認してもらおう。私たちでは判断がつかん」
そう言うと、年配の衛兵に声をかけられた近くの衛兵はすぐさま門をくぐり、街の中へ向かっていった。ラフィナが少し怯えた様子で僕の袖を握る。
「リオお兄ちゃん、大丈夫なの……?」
「大丈夫。きっとこれで問題なく進むよ」
彼女を安心させながら、僕は門の向こうから戻ってくる衛兵と、その後ろに歩く冒険者ギルドの男をじっと見つめた。
門の前で冒険者ギルドの人を待つ間、僕たちは手持ち無沙汰になっていた。目の前には城壁がそびえ立ち、その巨大さに圧倒される。この街を守るための堅固な作りに感心しつつも、静かな時間が流れる。
ラフィナは僕の袖を握りながら、ちらちらと周囲を見回している。緊張のせいか、小さな肩が少し震えているようだ。僕は彼女の頭を軽く撫でて声をかけた。
「大丈夫。何も心配しなくていいよ」
彼女が小さく頷くのを見て安心したところで、門の衛兵たちがこちらに目を向けた。
「俺はガレスだ。ところで君たち、どこから来たんだ?」
門の前で冒険者ギルドの人を待ちながら、僕たちは少し居心地の悪さを感じていた。巨大な城壁に守られたこの街は、訪れる者を厳しく見極める場所だということが、衛兵たちの鋭い視線から伝わってくる。
「リオお兄ちゃん……ここ、入れるのかな?」
ラフィナが不安げに袖を引っ張る。彼女の小さな声に、僕は安心させるように微笑み、軽く肩に手を置いた。
「大丈夫だよ。少し話せば、きっと分かってもらえるさ」
そう言いながらも、僕自身も不安がなかったわけではない。旅の最初から身分証が必要だとは思っていたが、まさかこんなにしっかりと確認されるとは。
近くの衛兵がちらちらと僕たちに視線を向けているのを感じる。特に若い方のエリオスは、やや警戒心を露わにした態度だ。僕が銀髪碧眼のラフィナを連れていることも、何か妙に思われているのだろう。
「……君たち、どこから来たんだ?」
年配の衛兵ガレスが、少し柔らかい口調で話しかけてきた。彼の顔には優しさと厳しさが同居し、只者ではない雰囲気がある。
「南の森を抜けてきました。この子と一緒に」
僕が答えると、隣でラフィナは目を伏せ、緊張した様子でじっと立っている。
「南の森を……ねぇ」
ガレスは腕を組んで僕たちをじっくり観察した。その視線には疑念が込められているが、どこか和らげようとする意図も感じられる。
「君たち、身分証がないってことは、まぁ、色々事情があるんだろうな。でも、どうにも普通の旅人には見えないんだが?」
ガレスの言葉に、若い衛兵のエリオスが口を挟む。
「ガレスさん、正直怪しいですよ。南の森を抜けるなんて、普通の人間には無理だ。それに、この状況で身分証がないなんて――」
「エリオス」
ガレスが軽く手を挙げてエリオスを制した。その動作は静かだが、力強い威圧感があった。
「まぁ、確かに怪しいと言えば怪しい。だが、俺の勘だと、こいつらは悪い連中じゃなさそうだ」
「ガレスさん程の方が言うなら…しかしお前たちが妙なことをしようものなら容赦しないからな」
ガレスはラフィナに視線を移し、彼女の怯えた様子をじっと見つめた。
この言い方だとガレスさんはある程度の地位や評判を有すると予想できるね。
「こいつは真面目過ぎるきらいがあってな。悪いやつではないんだ……この子、旅の途中で拾ったのか?」
「はい。森の中で倒れているところを保護しました」
僕が正直に答えると、ガレスは深く息をついた。
「なるほどな。まぁ、君たちの話がどこまで本当かは分からんが……子供を連れて無事にここまで来たのは大したもんだ」
そう言いながら、彼はラフィナに少し優しい笑顔を向けた。
「ラフィナちゃん、だったな。怖がらなくていいぞ。俺たちは君を守る側だからな」
その言葉に、ラフィナはほんの少しだけ顔を上げた。その瞳には不安と戸惑いが入り混じっているが、わずかな安心感も漂っている。
「ガレスさん、本当に大丈夫なんですか?」
エリオスが不安そうに尋ねると、ガレスは肩をすくめた。
「俺の経験則だよ。長くやってると、怪しい奴と本当に危険な奴の違いはなんとなく分かるもんさ。こいつらは後者じゃない」
そう言い切ると、彼は僕に向き直り、軽く手を差し出した。
「まぁ、ギルドの人間が来るまで少し待て。ここで色々と話をしておこう」
僕たちは彼の親しげな態度に少し気が楽になり、軽く頷いて応じ、ラフィナの緊張を和らげようと、僕は彼女に声をかけた。
「ラフィナ、君も少し挨拶してみたら?」
彼女は戸惑いながらも、小さな声で名乗った。
「……ラフィナ、です。リオお兄ちゃんと一緒に来ました」
「お兄ちゃん、か。いいねぇ。君もいい相棒がいるじゃないか」
ガレスが笑うと、ラフィナは照れ臭そうに俯き、再び僕の袖を掴んだ。その様子を見て、ガレスは目を細めながら言った。
「俺は冒険者だったが、今はこうして衛兵をやってるんだ」
「元冒険者なんですか?」
僕が興味を示すと、ガレスは懐かしそうに頷いた。
かなりの実力者のように見えたが、間違っていなかったようだね。
「ああ、若い頃は色んな場所を旅したもんさ。剣もそれなりに振れたし、魔物も何匹か倒したな。でも、家族ができると旅ばかりってわけにはいかなくなる。それで、こうして街で働いてるってわけだ」
「家族のために、ですか。素敵ですね」
僕の言葉に、ガレスは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに頷いた。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。お前さんも、南の森を抜けられる腕があるなら、なかなかやるんだろう?立ち振る舞いにも隙が見えないしな」
「どうでしょうね。ただ、この子を守るために頑張っただけですよ」
自然に振舞えてると思っていたが見抜かれるとは、そんな杜撰な隠し方はしてないと思うんだけど。
「おっと、来たみたいだな」
ガレスが振り返ると、門の向こうから冒険者ギルドの人間が到着したらしい。僕は軽く息をつき、これからの手続きに備えるため、気持ちを引き締めた。
ギルドの男は、中年で筋骨隆々。革の鎧を着て、見るからに経験豊富そうだ。彼は無言で魔結晶を手に取り、ルーペのような道具を使ってじっくり観察し始めた。
「こいつは……上等だな。いや、こんな質の魔結晶、そう簡単に手に入るもんじゃない」
彼の口から漏れた言葉に、若い衛兵が目を丸くする。
森の中で襲ってきた魔物から採れた魔結晶だったんだけど反応を見る限り、なかなか価値の高い代物みたいだ。
大陸に来る途中で遭遇した鯨の魔結晶を出していたら大騒ぎになっていたかもしれない。
「そ、そんなにすごいものなのか?」
「ああ、少なくとも銀貨50枚以上の価値がある。下手すればもっと高く売れるぞ」
その言葉に、ラフィナが驚いたように僕を見上げた。
「リオお兄ちゃん、すごい……」
僕は苦笑いを浮かべながら、男に頭を下げた。
「それで、これで臨時の身分証を発行してもらえますか?」
「もちろんだ。前金として銀貨10枚を渡そう。それで身分証の手続き費用を払ってくれ。残りは後でギルドに取りに来い」
そう言って彼は銀貨10枚を差し出し、年配の衛兵に渡すよう促した。僕は銀貨を受け取り、身分証の手続きに移った。
臨時の身分証は簡単なものだった。薄い紙に魔法で印が施され、僕とラフィナの基本情報が記されている。これを持っていれば、とりあえず街には入れるらしい。
「これで手続きは完了だ。歓迎するよ、リオヴェルス」
ガレスさんが手を振り、門の向こうを指差す。その先には石畳の道が広がり、多くの人々が行き交っているのが見えた。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
「リオお兄ちゃん、すごい!こんなにたくさんの人がいるなんて……!」
彼女の輝く笑顔を見て、僕は少し肩の力を抜いた。
僕もこれほどの人を見るのは初めてだし、そもそも人間をみかけたのがラフィナが初なんだよね。
そして野宿の覚悟は不要だったようで何よりだ。
「これからいろんな場所に行けるよ。まずは街を探索してみようか」
ラフィナが頷き、僕の手をしっかりと握る。その感触に少し安心しながら、僕たちは新たな冒険の一歩を踏み出した。
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