第22話:悠々闊歩、森の中
「ここを抜ければ、リベリティア公国に辿り着けるはずだよ」
僕はラフィナに声をかけながら、北を目指して森の中を進んでいた。島の地図とこちらで調達した情報を元にした方角だが、森の深さと道の険しさは想像以上だった。
木々が鬱蒼と茂り、足元には草や苔がびっしりと広がっている。周囲からは鳥の囀りや小動物が走る音が聞こえ、静かではあるものの、どこか異様な雰囲気が漂っている。
「リ、リオお兄ちゃん、本当にここを通らないとダメなの……?」
ラフィナは僕の後ろに隠れるように歩きながら、不安げに尋ねてきた。その小さな声には怯えが滲んでいる。
「この森を抜けるのが一番近道だからね。でも大丈夫、危険なことがあったら僕が全部なんとかするから」
僕は軽く振り返りながら笑顔で答えたが、ラフィナの顔色は心なしか青白いままだった。
森の奥に進むにつれ、周囲の気配が変わっていった。鳥の囀りが止み、代わりに低い唸り声が遠くから響く。ラフィナはぴったりと僕の背中にくっつき、小さく震えている。
「リ、リオお兄ちゃん、なんか変な音がする……怖いよ……」
「大丈夫、大丈夫。少し待ってて」
その時、茂みがガサガサと揺れ、巨大な影が姿を現した。それは鋭い牙を持つ狼型の魔物で、全身を青黒い毛で覆われている。目は赤く光り、低い唸り声を上げながら僕たちを狙っている。
「っ!?」
ラフィナは悲鳴を上げそうになったが、僕が軽く手を挙げて止めた。
ルミとコウは一切の動揺を見せずに下がっている。
信頼して任せてくれてるみたいだけど、君たちもそろそろ戦えるようになった方がいいんじゃないかな?
そう思って2匹に視線を向けるとギョッとした目でこちらを見てきた。
逃がさないからね。
「ラフィナ、後ろに下がってて」
狼型の魔物は牙を剥き出しにし、次の瞬間、鋭い爪で突進してきた。その速さは並の人間なら対応できないだろうが――
「速いけど直線的だね」
僕はその動きを見切り、エトワールを槍に変形させて一閃。魔物は突進の勢いを止められ、地面に叩きつけられた。
「まだ動くか……じゃあ、これで終わりだ」
星力を込めた槍を一気に振り抜き、魔物を仕留める。最後の咆哮が森に響き渡り、やがて静寂が戻ってきた。
「……」
ラフィナは僕の後ろから顔を覗かせ、地面に横たわる魔物を見つめていた。その目には驚きと恐怖が入り混じっている。
「すごい……リオお兄ちゃん、なんでそんなに強いの……?」
僕は槍を指輪に戻しながら、少し照れくさそうに肩をすくめた。
「島でずっと暮らしてたからね。魔物相手に戦うのは普通だったんだ」
「普通……?」
ラフィナは目を丸くして僕を見上げる。
「魔物って……あんなに大きくて怖いのに……普通の人は、あんな風に倒せないと思う……」
彼女の言葉に、僕は少しだけ考え込む。確かに、僕の環境が普通ではなかったのかもしれない。
「そっか……でも、僕にとってはそれが当たり前だったから、逆に普通の人の暮らしがどんなものかよく分からないんだ」
ラフィナはさらに困惑したような表情を浮かべる。彼女の小さな手が、無意識のうちに僕の袖を掴んでいた。
ラフィナはそのまま僕を見つめていたが、ふと何かを感じ取ったように瞳を揺らした。
「……リオお兄ちゃん、なんだか……あったかい」
「え?」
「リオお兄ちゃんが戦ってた時、周りに流れる力が……すごく強くて、怖いって感じたけど、なんか……優しいの」
彼女が言っているのはおそらく、星力のことだろう。僕自身、それが普通の魔力とは異なる力だということは理解しているが、他人にどう感じられるかまでは考えていなかった。
ラフィナの才覚によって感知されている可能性もあるが、念の為隠す努力をするようにしよう。
とはいえ、あの状況下で僕に少しでも信頼を寄せてくれる様になったのは星力の影響もあるのかもしれない。
「そう感じたんだね。でも、あんまりこの話は他の人にしないほうがいいよ。なんていうか……ちょっと特殊な力だから」
僕が言葉を濁すと、ラフィナは小さく頷いた。
「うん……でも、リオお兄ちゃんの力、怖くないよ。あったかいから」
やっぱり、優しい心を持っているんだね。
森の中には他にも小型の魔物や奇妙な植物が現れたが、その度に僕が軽く対処して進んだ。ラフィナは何度も驚きながらも、少しずつ僕の後ろで落ち着きを取り戻しているようだった。
彼女の目には、恐れだけでなく、不思議な安心感も宿り始めているように見えた。
「これで少しは安心して進めるかな?」
「……うん。でも、リオお兄ちゃんはなんでそんなに優しいの?」
その質問に、僕は苦笑しながら答えた。
「優しいかどうかは分からないけど、君を守るのは僕の役目だからね」
その言葉に、ラフィナは少しだけ笑顔を見せた。
リベリティア公国を目指して北へ向かう道中、僕たちは幾度か野営を繰り返した。森の静けさと新しい発見が毎日を彩る中、ラフィナは僕の魔法に驚きと興味を隠せない様子だった。
道中、僕は「クリーン」の魔法でラフィナを身綺麗にしていた。栄養失調気味で痩せ細ってはいるものの、彼女の銀髪と碧眼は透き通るように美しい。
「リオお兄ちゃん、こんなに綺麗になれるなんて……私、なんだか夢を見てるみたい」
自分の姿を確認しながらそう呟くラフィナ。その声には、驚きと照れが混じっていた。
「本来の君が綺麗なんだよ。少しずつ元気を取り戻せば、もっと良くなるさ」
彼女の顔に薄らと笑みが浮かんだのを見て、僕も内心ほっとする。少しずつでも、彼女が明るさを取り戻してくれるのは嬉しいことだ。
「リオお兄ちゃんって、本当におとぎ話に出てくる魔法使いみたいだね……」
野営の準備を整える僕をじっと見つめながら、ラフィナが感嘆の声を漏らす。その瞳はまるでキラキラと輝く星のようだ。
「そんな大したものじゃないよ。ただ便利な魔法をちょっと使ってるだけさ」
僕は軽く笑って応じるが、ラフィナにとってはそのすべてが驚きの連続らしい。
ラフィナの体力を考え、僕たちはゆっくりと進んだ。一日に進む距離を無理のない範囲に抑え、彼女の歩調に合わせる。その間、ただ歩くだけではなく、一緒に遊び心を交えた活動も楽しんだ。
「リオお兄ちゃん、見て!お花でこんなの作ったよ!」
ラフィナが手に持っていたのは、小さな花を編み込んで作った花冠だった。その小さな手で丁寧に編まれたものに、僕は驚きつつも微笑む。
「すごいね、ラフィナ。器用なんだね」
「えへへ……リオお兄ちゃんにあげる!」
嬉しそうに僕に花冠を渡してくるラフィナ。その純粋な気持ちが伝わり、僕は大切に受け取った。
「ありがとう。大事に持っておくよ」
実際、僕はその花冠をストレージの中にしまい、時折眺めては彼女との日々を思い出していた。
「ラフィナ、これからの旅では少しずつ自分の力も身につけたほうがいいかもしれない。護身用に魔道具を作るから、君も使ってみて」
僕は焚き火のそばで、ラフィナに合う小さな魔道具を作り始めた。彼女の手にしっくりと馴染むサイズのペンダント型で、防御に特化した魔道具だ。
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名 :流星のペンダント
能力:物理結界・魔力結界・害意反応・自動反撃
物理と魔力に対するそれぞれの結界を自由に発動でき、また害意や悪意に反応して自動で防御して魔力残量が50%以上の場合自動で反撃を行う。
魔力残量:100%
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「これを持っていれば、危険な時に少しでも助けになるよ。試してみて?」
ペンダントを手渡すと、ラフィナは不安げな表情をしながらも、興味深そうにそれを手に取った。
「……本当に、私でも使えるの?」
「もちろん。ほら、ここを軽く押すだけで――」
僕がペンダントの仕組みを教えると、ラフィナの目が輝き始めた。
「ありがとう、リオお兄ちゃん……私、これで少しでも役立たずじゃない?」
「それだけで十分だよ。僕は君を守るけど、君自身が安心できるのが一番だからね」
彼女の笑顔がまた少し増えた気がした。
魔獣の魔法や、流れる水に対してパニックを発症することもあったが、その回数も徐々に減ってきているように感じられた。
そんな穏やかな日々を過ごしながら、僕たちは森を抜けていった。旅を始めてから二日ほど経った頃、木々の隙間から巨大な壁が見え始める。
「リオお兄ちゃん、あれ……」
ラフィナが壁を指差しながら驚いた声を上げる。その壁は自然のものではなく、人間の手で作られた明らかな人工物だった。
「……ついに着いたみたいだね。あの壁の向こうがリベリティア公国だ」
ルミとコウも一応魔物であるため、不用意に見せるとまずいかもしれない。
そのためルミとコウを送還し、再びラフィナと2人で歩き始める。
僕は足を止めて、目の前の景色をじっと見つめた。街、新しい世界――僕たちの冒険がまた一歩、進む場所だ。
「やった……リオお兄ちゃんのおかげで街まで来られた……」
ラフィナは僕の手をぎゅっと握りながら、小さく呟いた。その声には達成感と、少しの安心感が滲んでいた。
「これからが本番だよ。さあ、行こう」
街に入れなかったらどうしようか。僕の道具達で快適な野営でもしようかな?
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