第21話:二回目
焚き火の炎が静かに揺れ、温かな光が夜の森を照らしていた。僕は簡単な夕食を終え、ルミとコウもそれぞれお気に入りの果実を食べている。目の前には、毛布に包まれた少女が静かに横たわっていた。
「こうやって誰かが目を覚ますのを待つの、これで二回目だな……」
エルシアが倒れていたときのことをふと思い出す。あの時も、こうして近くでただ待つしかできなかった。違うのは、今目の前にいるのが幼い少女だということだ。
焚き火のパチパチとした音が響く中、少女のまつ毛が微かに動いた。
「……んっ……」
その小さな声に、僕は反射的に身を乗り出した。彼女の目がゆっくりと開き、蒼い瞳が揺れる炎の光を映し出す。しかし、その視線が僕に向けられた瞬間、彼女の顔が恐怖に引きつった。
「だ、大丈夫だよ。僕は敵じゃない」
彼女はすぐに体を起こそうとしたが、まだ疲労が残っているのか体が思うように動かないらしい。それでも後ずさりしようとする彼女に、僕は静かに声をかけた。
「落ち着いて。ここは安全だから、何も心配しなくていい」
ルミがそっと彼女の足元に歩み寄り、静かに鳴いた。その穏やかな鳴き声に、彼女は一瞬だけ動きを止めた。コウも肩から飛び立ち、彼女の頭上を軽く旋回して見せる。
「彼らは僕の仲間、ルミとコウ。怖くないよ」
それでも彼女の緊張は解けない。僕は手のひらを上に向けて、魔法を発動させた。
『癒しの風』
柔らかな風が焚き火の光と共に彼女を包み込み、リラックス効果をもたらす。彼女の肩の力が少し抜け、警戒の色が薄れていくのが分かった。
「よかった……少し落ち着いたみたいだね」
僕は笑顔を浮かべ、できるだけ穏やかな声で自己紹介を始めた。
「僕の名前はリオヴェルス。旅をしていて、君を偶然見つけたんだ。あまりにも疲れているみたいだったから、ここで保護させてもらった」
ルミが小さく鳴いて彼女に近づき、鼻先を軽く押し当てる。その仕草に、彼女の瞳が少しだけ柔らかくなったように見えた。
「こっちはルミ。こっちがコウ。僕たちは君に危害を加えるつもりなんて全くない」
彼女はまだ戸惑いの色を残しながらも、小さく頷いた。それは彼女なりの「分かった」という意思表示だった。
「君の名前、教えてくれる?」
僕が尋ねると、彼女は一瞬目を伏せた後、震える声で答えた。
「……ラフィナ……」
「ラフィナ……いい名前だね」
その問いかけに、彼女はまた小さく頷いた。
「ラフィナ、君がここにどうやって来たのか、何か覚えてる?」
その瞬間、彼女の表情が一変した。蒼い瞳が恐怖で大きく見開かれ、全身が震え始める。
「……! いや、いや……!」
両手で頭を抱え、体を丸めるようにしてうずくまる。その様子に、僕はすぐにそれ以上踏み込むのは間違いだと悟った。
「分かった、無理に聞かないよ」
僕は優しく声をかけ、再び《風の癒し》を発動させた。ラフィナの呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「今は何も考えなくていい。大丈夫だからね」
彼女は小さく頷き、震えながらも顔を少しだけ上げた。その表情は、まだ不安と恐怖に満ちていたが、それでもどこか安堵の色が混じっているように見えた。
「とりあえず、今日はここで休もう。いつか、君が話せる時に話してくれればいいから」
毛布をもう一枚ストレージから取り出し、そっと彼女の肩にかけた。ラフィナは小さな声で「ありがとう」と呟き、焚き火のそばで静かに目を閉じた。
失礼かもしれないが只事じゃないだろうと思い、僕は魔法を発動する。
『
_____________
種族名:超人族
名前 :ラフィナ・ファルミナ
年齢 :11
状態 :疲労困憊・飢え・栄養失調・魂の傷
特徴 :通常の人族より大きな潜在能力を秘める種族。生命力が異常に強い。過去の出来事で魂に大きな傷を負っている。
能力 :古代の力
_____________
「何があったのか分からないけど……とんでもなく重いものを背負っているのは間違いないな」
焚き火を見つめながら、僕は心の中でそう呟いた。この少女を守り、彼女の道を支えることが僕の役目になるかもしれない。
焚き火が静かに揺れ、夜の森が次第に深い静寂に包まれていく中、僕はストレージを開いて少し悩んだ後、島で助けたウルフを召喚することにした。
「頼むよ、不寝番をお願い」
呪文を唱えると、銀色の毛並みを持つ大きなウルフが現れる。彼は静かに僕を見つめ、一度だけ頷いた。感覚を共有する魔法をかけ、不意の侵入者に備える準備も整える。
「ありがとう。少し休ませてもらうね」
ウルフが頼もしい姿勢で周囲を見張るのを確認し、僕は毛布にくるまり目を閉じた。
しかし、微かな声が聞こえ、目を開ける。隣で眠るラフィナが魘されているのだ。額には薄っすらと汗が浮かび、夢の中で何かに怯えているようだった。
「……ラフィ、大丈夫か?」
彼女の苦しそうな様子に、僕は静かに手をかざし、『癒しの風』を発動させた。柔らかな風が彼女を包み込み、少しずつその表情が和らいでいく。
「これで安心して眠れるといいけど……」
風を持続させる魔法を維持したまま、僕も再び目を閉じた。
朝日が森の隙間から差し込み、周囲を黄金色に染める。目を開けると、焚き火の残り火がかすかに燻っていた。ウルフはまだ見張りを続けてくれているようで、頼もしい姿を見せている。
「ありがとう、もう大丈夫だよ。休んで」
召喚魔法で送還し、今度は朝食の準備に取り掛かった。ラフィナはまだ眠っているが、昨日の様子を思えば、しっかりと食べさせてあげる必要があるだろう。
ストレージからパンと果実、保存していたスープの材料を取り出し、焚き火を再び燃やす。スープの香りが森に広がる頃、ラフィナがゆっくりと目を開けた。
「おはよう、ラフィ」
目が合うと、彼女は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに昨日のことを思い出したのか、気まずそうに目を逸らした。
「少しお腹空いてない?準備してるから、ゆっくりしてていいよ」
彼女は控えめに頷き、毛布をしっかりと体に巻きつけたまま焚き火の近くに移動した。
スープが完成し、パンと果実を並べてラフィナの前に置いた。
「さ、温かいうちにどうぞ」
彼女は恐る恐るスープの器を手に取り、少しだけスプーンを口元に運んだ。その瞬間、彼女の目が大きく見開かれる。
「……おいしい……」
小さな声でそう呟いたかと思うと、次の瞬間、ラフィナの目から涙が溢れ出した。彼女はスープを飲む手を止め、堪えきれないように静かに泣き始めた。
「えっ、ちょ、どうしたの?」
僕は完全に困惑し、どう声をかけるべきか分からなかった。ルミとコウも彼女を見つめ、心配そうに鳴く。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
ラフィナは涙を拭おうとするが、次々と溢れる涙に追いつかない。美味しさと安堵、そしてこれまでの苦労が一気に押し寄せてきたのだろう。
「そんなに謝らなくていいよ。大丈夫だから、ゆっくり食べて」
僕はそっと彼女の背中を撫で、落ち着かせるために『癒しの風』を再び発動させた。風が彼女を包み込むと、少しずつ涙が収まり、彼女は小さく頷いた。
ラフィナがスープを飲み終え、小さく体を丸めて焚き火の近くに座っている。ほんの少しだけ顔色は良くなったが、その目にはまだ不安が残っていた。
僕は少し考えてから話しかける。
「ラフィナ、これからどうするか、決まってる?」
彼女は驚いたように顔を上げたが、すぐにまた目を伏せて、膝を抱え込んだ。かすれた声で答える。
「……分からない。けど……迷惑かけたくないから……どこか、隠れて……」
その言葉に胸が痛んだ。彼女がここまで追い詰められる状況に置かれていたことは、彼女の態度や様子から明らかだった。それでも、こんな小さな子が一人でどうにかなるわけがない。
僕は焚き火越しに少し前かがみになり、優しく声をかけた。
「それなら、一緒に来ない?僕も次の行き先はまだ決まってないけど、一緒なら心強いし、少なくとも危ない目には遭わせないよ」
ラフィナは目を見開き、怯えたように首を振る。
「でも……私、何もできないし……弱いし……絶対足手まといになっちゃう……」
その声は震えていて、小さく、今にも消えてしまいそうだった。僕は彼女の隣に座り直し、そっと微笑んだ。
「ラフィナ、大丈夫だよ。僕だって最初は何もできなかった。でもね、旅をして少しずつ分かることが増えていったんだ。君もきっとそうなれるよ」
彼女は黙って僕を見上げた。その目にはまだ不安が滲んでいる。
「それに、君ができることを探すのはこれからでいいんだ。まずは君が安心できる場所に行こうよ。それだけで十分だよ」
ルミがふわりと彼女の足元に歩み寄り、小さく鳴いた。その仕草にラフィナの表情が少し和らいだように見える。コウも焚き火の上で翼を広げ、優しく囀った。
「ほら、ルミもコウも君を歓迎してる。僕も全力で君を守るからさ、何も心配しなくていいよ」
彼女は再び顔を伏せ、震える小さな手を膝に置いた。声はか細かったが、はっきりと聞こえた。
「……本当に……いいの?私、ただ……生きてるだけで……」
その言葉に僕は少し驚いたが、すぐに力強く答えた。
「生きてるだけで十分じゃないか。それだけで誰かの役に立つことだってあるし、僕も君がいてくれるだけで嬉しいよ」
ラフィナは目に涙を浮かべながら、恐る恐る僕に手を伸ばした。その手は小さく、震えていたが、しっかりと握り返すと少しだけ力が返ってきた。
「……ありがとう……リオヴェルスさん……」
僕は少しだけ困ったように笑った。
「リオヴェルスさんって、なんだか堅苦しいな。僕のことはリオって呼んでよ」
彼女は一瞬戸惑ったような表情を浮かべ、何度か口を開こうとして、それから小さな声で言った。
「……リオ……お兄ちゃん?」
その言葉に思わず一瞬固まったが、次の瞬間には笑みがこぼれていた。
「うん、それでいいよ。リオお兄ちゃん、よろしくね」
ラフィナは少し驚いたようだったが、すぐに恥ずかしそうに目を伏せ、そっと頷いた。
「うん……よろしく、リオお兄ちゃん」
ルミとコウも嬉しそうに鳴き声を上げ、焚き火の周りを飛び回った。その光景に、僕は少しだけ安堵しながら、未来への希望を胸に刻んだ。
お兄ちゃんと呼ばれるのは初めてで新鮮だけど。なんというか…こう…胸が暖かくなるような響きだね。
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ブラコンの素質のあるリオでした。まあ肉親は存在しないんですけども
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