第一章:世界への落涙

第20話:大陸に到着?

青い海の上を風を切るように進む中、僕の心は新しい世界への期待で満たされていた。背後にはもう島の姿は見えない。足元には果てしなく続く波がきらめき、空には雲がぽっかりと浮かんでいる。


「やっぱり飛ぶのは気持ちがいいね」


『フロート』の改良型。アズヴァーンの助言もあって、この飛行魔法はかなり安定してきた。風が心地よく頬を撫でる中、僕は次の目的地へと悠々と進んでいた。


身一つでも方向感覚は保てると思うが、念の為島にいる時に作成したコンパスを確認しながら進んでいる。


向かう方向はフィルスト大陸のある方向だ。


少し粗めではあるが島にあった地図を参考に目的地を決めている。とりあえずは大陸に着くことが目的なので細かい場所の指定はしていない。しかし、飛んで移動することは一般的では無いようなので人目に付かなそうな所に向かうつもりだ。



しばらく飛んでいると、足元の海が不穏に揺れ始めた。遠くの波が急に大きく盛り上がり、中心に暗い影が見えた。


「……あれは?」


目を凝らすと、巨大な尾が波を叩きつけるのが見えた。その影は次第に大きくなり、海面から巨大な姿が現れる。全長は30メートルを優に超えるであろう、巨大な鯨のような魔物だった。


「うーん。何もしてないんだけどね」


どうにもこちらに敵意を向けているようだ。


『星ノレーヴェ


_____________

種族名:深淵巨鯨アビサルホエール

名前 :なし

状態 :怒り

特徴 :深い青黒色で、光を吸い込むような艶やかさがある。体表には発光する魔力の紋様が走っている。厚い鱗のような皮膚が魔法や物理攻撃を高い割合で無効化する防御力を誇るが、体の側面や口元は比較的弱点。

能力 :魔力水弾・深海の咆哮・海流操作・魔力共鳴

_____________


魔力共鳴は周りの魔物達を呼び寄せる効果があるようだ。数が増える前に迅速に狩ろう。


鯨型魔物は低い唸り声を上げると、その口を大きく開けて魔力の渦を生み出し始めた。海全体が揺れるような力強さに、僕は空中で体勢を整える。


エトワールを指輪から剣に変形させ、星力を宿らせる。鯨型魔物が放った水の魔弾が空を裂いて飛んできたが、僕はそれを軽々と避け、剣を振り抜いて切り裂いた。


息付く間もなく、急降下しながら魔物の脇腹に一撃を加えた。エトワールに込めた星力の斬撃が巨体を切り裂き、深い傷を刻む。魔物が咆哮を上げ、水面がさらに荒れ狂った。


「まだ足りないか……さすがの巨体だね!」


次で仕留めるよ!


エトワールを槍に変形させ、魔力を全身に集中させる。魔物が再び口を開け、次の攻撃を準備するのが見えた。


「やらせないよ『雷・属性滅槍エレメントランス』」


僕は魔力で作った雷の槍を一気に投擲した。それは星のように輝きながら魔物の口元を正確に貫き、彼の攻撃を中断させる。


これも島にいる時に作った魔法の1つで属性を纏った魔力の槍を作り出す魔法だ。


隙を逃さず、一気に間合いを詰めてエトワールで最後の一撃を叩き込んだ。剣に宿る星力が魔物の巨体を包み込み、彼の動きを完全に止める。




「ふぅ……なんとか仕留めたか」


魔物の巨体はゆっくりと海に沈んでいき、周囲の波が次第に静けさを取り戻していく。僕は空中に浮かびながら、深く息をついた。


「旅の最初からこれか……気が抜けないね」


エトワールを指輪に戻し、再び海の向こうを見据える。太陽が少し傾き始めた頃、陸地が視界に入った。そこには小さな浜辺が広がっていた。





「結局、あの鯨より強そうな魔物は出なかったね」


僕は魔力を調整し、ゆっくりと砂浜に着地した。周囲に人の気配はなく、波の音だけが静かに響いている。


「無人の浜辺か……しばらくここで状況を整理しよう」


砂浜に腰を下ろし、ストレージから水筒を取り出して一口飲む。海を越えた達成感と、これから始まる新しい冒険への期待が胸に広がった。


「さて、まずはどこに向かうかを考えないとね」


海風が頬を撫でる。目の前には広がる白い砂浜、そして背後には鬱蒼とした緑の森がそびえていた。飛行の疲労感が少し残っているものの、海を越えた達成感が僕の胸を満たしていた。


砂浜に降り立った後、僕はルミとコウを召喚するために少し休んでから集中することにした。着いたら直ぐに呼ぶって約束していたからね。


「ルミ、コウ、来てくれ」


静かに呪文を唱え、魔力を広げると、砂浜の風が急に流れを変えた。目の前に現れたのは銀色の輝きと、鮮やかな紅い光。光が収まると、そこにはルミとコウの姿があった。


ルミは銀色の毛並みを持つ小さな狐で、僕に向かって静かに鳴き声を上げる。コウは紅い羽を持つ鳥で、肩に飛び乗りながら元気よく囀る。


「君たち、久しぶりだな。とは言っても数時間ぶりかな?」


ルミが足元にすり寄り、コウが翼を広げて応える。その仕草に、僕は思わず微笑んだ。


「これからこの大地を探索する。君たちの力が必要だ。よろしく頼むよ」


ルミは静かに頷き、コウも元気よく羽ばたいて見せた。それを見て、僕は彼らがいてくれることに改めて感謝した。


「君たちがいてくれると、本当に助かるよ」


ルミが一度振り返って軽く鳴き、コウが空中でくるりと旋回する。彼らの存在が孤独を癒してくれる大切なものだと改めて感じた。


振り返ると、大海原が広がっており、陽の光をキラキラと反射して輝いている。潮風の香りが同じでも、この地には島では感じたことのない新鮮な空気が漂っていた。波打ち際に立ち、深く息を吸い込む。


「さて、ここからどうするか……」


ストレージを開き、持参した地図を確認する。この場所がどの国の近くなのかはまだ不明だが、とにかく森の奥に進めば新たな手がかりが見つかるかもしれない。




森の入り口に一歩足を踏み入れると、すぐに目に入ったのは島にはなかった植物たち。幹が赤黒く、奇妙な形の葉をつけた木々が空を覆い尽くし、足元には鮮やかな青い花が群生している。


「すごい……これは見たことがない植物ばかりだ」


手を伸ばして葉に触れてみると、柔らかく滑らかな感触。島ではこうした光景に出会うことはなかったため、思わず足を止めて観察してしまう。ストレージから小さなノートとペンを取り出し、『星ノ眼レーヴェ』でも情報を確認しながら見つけたものを簡単に記録する。


「新しい大地、新しい発見か……これだけでも来た価値はあるな」


鳥の囀りが高い木の上から響き、遠くには小動物が草むらを走り抜ける音も聞こえる。まるでこの森全体が生きているように感じられた。




気がつくと空が紫から濃紺に変わり始め、森全体が薄暗くなっていく。危険はそれ程ないだろうが急ぎの旅でもないため、適当な開けた場所を探して野営の準備を始めた。


「よし、ここなら大丈夫そうだ」


森の中の小さな空き地。ストレージから取り出した簡易テントと焚き火用の薪を準備する。手早く火を起こし、周囲を照らす暖かな光が広がる。


「さてと、何を食べようかな……」


ストレージには保存食や果実が十分にある。軽くパンと干し肉を取り出し、焚き火で温めて簡単な食事を済ませた。


食べ終わると、再びストレージを開き、他の便利な品々を確認する。携帯ランタンや水浄化装置、魔力で作動する暖房用の小型道具――一つ一つが、この世界での旅を支えてくれる。


「本当に、これがなかったら大変だよな……ありがたい限りだ。とは言っても自分で作ったんだけどね」


焚き火の火が静かに揺れ、森の音が少しずつ聞こえてくる。虫の鳴き声や草木の擦れる音、遠くで小さな動物が動く気配。森の夜は静かなようで、意外と賑やかだ。




焚き火を見つめながらリラックスしていると、不意に違和感が走る。近くの茂みから何かがこちらをじっと見つめているような感覚。


「……誰かいるのか?」


緊張しつつ、立ち上がり、焚き火を軽く魔力で調整して周囲を明るくする。気配の正体を探ろうと、慎重に茂みの方へ歩を進める。


気配は遠ざかる様子もなく、むしろこちらを意識しているようだった。茂みをかき分けると、そこには小さな影が見えた。


ここは大陸の端の方だ。加えて人里の見当たらない付近を選んで降りてきたはずなのに、まさか人がいるなんて。


暗闇の中、ボロボロの外套を纏った少女が立っていた。彼女の衣服はほつれ、汚れで薄く染まっている。小柄な体は震え、明らかに疲弊している様子が窺えた。


「君、大丈夫?」


僕が声をかけると、少女は怯えたように体を震わせ、綺麗な碧眼でこちらを見上げた。その目には驚きと警戒、そしてほんの少しの安堵が混じっているように見えた。


だが、次の瞬間、彼女はふらりと体を崩し、そのまま地面に倒れ込んだ。


「ちょっ!大丈夫!?」


慌てて駆け寄り、彼女の体を抱き起こす。顔は血の気が失せ、冷たい汗が額に滲んでいる。彼女の呼吸は微弱だが、辛うじて生きていることが分かった。


「まずいね……このままじゃ……」


ストレージから毛布を取り出し、少女の体を包み込む。体温を取り戻させるため、焚き火のそばへと運び、さらに水筒から少し水を与える。


「いったい、何があったんだ……?」


少女の痩せ細った体や外套の状態を見る限り、かなりの間過酷な状況に置かれていたようだ。何が彼女をここに追いやったのか――答えは彼女が目を覚まさない限り分からない。


「とりあえず、今は休ませるしかないな」


焚き火を調整し、少女が寒さを感じないよう毛布をさらにかける。彼女の容態が少しでも良くなるように、静かに見守ることにした。


審判の目によると、非常に澄んだ美しい心の持ち主みたいだ。


このような心の持ち主が朽ちていくのは勿体ない。


「そんな人間がこんな大陸の端っこに一人で……?」


夜の森が再び静寂を取り戻す中、僕は少女の安らかな呼吸が戻るのを祈りながら、焚き火の光に照らされた彼女の横顔をじっと見つめた――。



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