第1話:目覚め

目を開けた。


静かだった。


空には小さな光が無数に瞬いていて、冷たい風が頬をなでる。どこからか波の音が聞こえた。胸の奥が不思議と穏やかで、この場所が「安全」だと、何かが囁いている気がした。


けれど、何も分からなかった。


ここがどこなのか、なぜ自分がここにいるのかも。ただ目の前に広がる光景をぼんやり眺めながら、冷たい草の感触を確かめる。それでも何かに急かされるような気持ちはなく、ただその場にいるだけで十分だった。





やがて、ゆっくりと体を起こした。


足元の草が柔らかく、夜の風が静かに吹き抜けていく。空気は澄んでいて、遠く波の音が絶えず響いている。少し離れた場所に木々が並び、その奥に暗い影が揺れていた。


自分の体を見下ろす。細い腕、動く指。それが自然と分かる。ただ、その形が「普通」なのか、それとも「特別」なのか、その基準すら知らない。


髪が風に揺れる。夜の光を受けて淡く光るそれは、どこか星の光に似ている気がした。





足を踏み出すと、草が微かにざわめいた。冷たい感触が足裏に伝わり、どこかへ向かいたい気持ちが生まれる。この場所はとても心地よかった。それでも、もっと遠くを知りたい――そんな思いが足を動かしていた。


森の中に足を踏み入れると、空気が変わった。ひんやりとした湿気が肌を包み、夜空の光が木々の隙間からぽつぽつと降り注いでいた。どこか優しい音が響いている。葉擦れの音、どこかで小さな羽音も聞こえる。


ふと、森の奥に明るい場所が見えた。





そこには、静かな泉があった。


水は透き通っていて、上には空がそのまま映り込んでいる。星の光が水面に浮かんで揺れていた。それを眺めていると、何かに誘われるように水辺に近づいた。


足を止めて、そっと水を覗き込む。


そこに映ったのは、自分と同じ形をした何か――いや、もしかしたら、それが自分なのだろう。


髪が光を反射していて、瞳には小さな星が宿っているようだった。その像が、自分と同じように動いていることに気づいて、不思議な気持ちになった。


「これが……自分?」


声にならない問いが頭をよぎったが、答えはなかった。ただ、水面に映る存在は、自分だという確信だけが心に残った。





夜は静かに過ぎていく。


風が木々を揺らし、草原の方から遠く波の音が聞こえた。足元の感触が心地よく、この島全体が自分を歓迎しているような気がした。


しばらくその場に座り込んでいたが、やがて立ち上がる。


この場所が何なのか、自分がどこから来たのか――それを知るには、この島全体を見て回るしかない。


歩き出した足は、星の光に導かれるように、静かに草を踏みしめた。





星が空を滑るように動いている――そんな気がした。


もちろん、星が動いているわけではないのだろう。でも、頭の中にはずっと、その光が僕をどこかへ導こうとしているような感覚があった。足元の草のざわめきや、耳に届く風の音も、それを後押ししている気がする。


何かがこの島に宿っている。いや、この島全体が何かを守っているのかもしれない。


僕は木々の間を歩きながら、そう考えていた。





森を抜けると、急に視界が開けた。


大きな崖がそびえ立ち、その先に広がるのは深い青――海だった。波が静かに揺れ、崖下に白い泡を散らしている。しばらくその光景を見つめていたけれど、何も語るものはない。ただ静かな音が耳に響くばかりだ。


僕は、ふと自分の手を見つめた。


指を動かし、拳を握ってみる。何度か繰り返すうちに、この体が自分のものである感覚が強まってきた。けれど、それだけではない。何か――胸の奥が熱を持つような、奇妙な感覚がした。





試しに手を伸ばしてみる。


その瞬間、指先から光が揺らめいた。


青白い光が小さく現れ、すぐに消えた。けれど、それは確かに「出せた」。どうしてそんなことができるのか、どうすればもっと大きくできるのかは分からない。ただ、これは僕の中にあるものだということは理解できた。


再び手を伸ばす。光はまた生まれ、わずかに揺れ動いた。強く意識を集中すると、それは少しだけ長く持続した。


僕は小さく息を吐いて、手を下ろした。





「この力は……何なんだろう」


言葉にならない問いが頭をよぎる。でも、ここには答えてくれる存在はいない。僕自身が探し、見つけるしかないのだろう。


その時、背後から草のざわめきが聞こえた。


振り返ると、そこには動物のような生き物がいた。全身が銀色の毛で覆われていて、夜空の光を反射している。目は星のようにきらきらしていて、じっと僕を見つめていた。


一瞬、警戒した。でも、その生き物は攻撃的な素振りを見せず、ゆっくりとこちらに近づいてくる。僕も自然と手を下ろし、構えを解いた。


生き物は、僕の足元に座り込むようにして、静かに動きを止めた。





しばらくその場で見つめ合っていたけれど、何も起こらなかった。代わりに、不思議と安心感が湧いてきた。まるで、この生き物も僕と同じように、この島の一部であるような感覚だった。


僕は座り込むと、そっと手を伸ばしてみた。生き物は逃げることもなく、そのまま触れさせてくれた。柔らかい毛の感触が指に伝わる。


「君も……ここにいるんだね」


声にならない言葉が頭の中に響く。もちろん、この生き物が何か返してくるわけじゃない。でも、何となく意思が伝わったような気がした。


それだけで、少しだけ孤独が薄れる気がした。





夜が明ける頃には、星たちはすっかり消え去り、島全体が朝の光に包まれていた。足元の草は露に濡れ、空気は冷たく新鮮だった。


僕は再び立ち上がる。銀色の生き物はまだそばにいて、何も言わないまま僕の動きを見守っていた。


「さぁ……もう少し、この島を見てみよう」


どこに行くべきかは分からない。でも、この島のすべてを知りたい。その先に、自分が知るべき何かがある気がする。


僕は歩き出した。銀色の生き物も、それに合わせるように静かについてきた。





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