第2話

 店主に見送られ店から出たミラ。

 眩しい太陽に照らされ、建物のガラスに太陽光が反射する。日は傾き始めていて建物の影がだんだん伸びてゆく。


「よし。探していきますか」


 彼女の視界には一つの淡い黄色の光が漂っている。動けば残像が見える。道行く人にはその光は見えていないようだ。超常的な現象であるが彼女にとっては見られた光だ。


「オリビアちゃんはどこにいる?」


 光に向って話しかける。光は彼女の発言を理解しているのか、ゆらゆらと揺れてからどこかに向ってゆく。速度は遅く、歩いてついていけるほどに。


「そっちね」


光の導きによって彼女は歩き始める。人々の間を縫うようにして進みながら進む光。それを追うようにして歩き、ついていくミラ。

 歩いているうちに交差点へとたどり着く。光はその向こうを目指そうとしている。しかし、馬や馬車が通りなかなか渡ることが出来ない。交差点の中央に交通整理をする警官の姿がある。紺色の制服に胸元の銅色のバッチがギラギラ輝く。彼女は警官の進めの合図を待たなくてはならなかった。光は彼女が立ち止まっているのを分かっているのか交差点の前で止まる。

 彼女の居る交差点の近く、通り沿いに立っている小さな小屋のようなもの、売店だ。新聞やちょっとした食料が売っている。何人かの人達がその店に並んでいて、前に居た身なりが中産階級のような服をした二人組の男性が新聞と軽食を買い、店のすぐそばにあるテーブルでそれを広げる。読みながら話を始める。声がそれほど大きくはないが、微かに彼女にも聞こえてくる。


「ええと、今日の情勢はっと」


「何か良いこと書いてあるか?」


 そう言われて男性は新聞を読み進んで行く。ある項目に目が留まり、眉をひそめた。


「また行方不明か…」と呟く。その新聞記事に対し悲しみの表情を浮かべる。


「また女の子が居なくなったのかい?」


 もう一人の男性が聞く。


「そのようだ。最近物騒になったもんだな」


「だな。居なくならないようにうちの子供たちをなるべく外に出さないようにしてるよ」


 そう言うと淹れたてコーヒーをすする。


「正しい判断だな」


 それを聞いていたミラは。


「この事件は闇が深そうでね」


 彼らの話をさっき聞いた話と繋げれば、これは一人の失踪では留まらず、この町全体を巻き込んだ壮大な物ではないかと考えようになる。大変な事になった、ミラ一人では彼女たちを助けるのは難しい。顎に手を当てて考え込むミラ。

 どこかに助っ人が居ればいいんだが。一人心当たりがある。それは…


「うーん…あ」


 大事な事を忘れていた。慌ててポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。時間は待ち合わせの時刻を指そうとしている。時計を戻し、ついでに光を掴みそれをポケットに入れる。

「いけない。ここでじっとしているんだよ」


 急ぎ広場に戻ろうとする。通りを走り、道行く人を避けながら抜けるてゆく。途中でぶつかりそうになる。


「危ないじゃない」


 ぶつかりそうになったどこかの貴婦人に野次を飛ばされながらも広場に向う。

 どうにか辿り着く。ポケットから時計を取り出し時間を確認。


「な、なんとか着いた…」


 息を切らして肩で息をする。口から肺に酸素を集め、血液によって酸素切らしている体に循環させていく。少し汗をかいた。水滴が頭から首へ、そして体に伝う。顎に残った汗を腕で拭う。

 広場を見渡し目的の人物が居ないか確認する。さっきよりも人が多くなっている。それでもその中から目的の人物を探す。


「あ!」


 彼女の前方。目的の人物が居た。つば広の帽子を被り、紺色のジャケットを身にまとい、色あせた乗馬用のブーツを履いている。腰のベルトに太陽の光を浴びて美しい黒い光沢を放つ異様な物が革製のホルスターに刺さっている。

 ”レミントンニューモデルアーミー”。それがこの銃の名前。男の腰に付いている物だ。

 銃など携帯していると警官に捕まりそうに思える。しかし、この地域では銃を携帯することは違法ではない。街の住人は持つことは殆ど無いが、街の外から来た者は身に着けている。

 男は右手に小さい紙を持ち辺りを見渡している。彼もまたミラを探しているのだ。 

 ミラは男に近寄り後ろから話しかける。


「あの。貴方がジョセフさんですか?」


 話しかけられてジョセフと呼ばれた男は振り向く。


「と言うと君がミラだね。会うのは赤ん坊の時以来か。俺の事など覚えていないだろうね」


「そうですねー。記憶はさっぱりありませんね」


 両手の人差し指を頭のこめかみのあたりで回転させて手のひらを見せるジェスチャーして笑顔でそう答える。

 それを見てジョセフは苦笑する。


「気さくな性格に育ったそうだね。それでは行くか。馬は近くに止めてある。それとも腹ごしらえでもするかい?」


「私、この街でやる事が出来たんです!付き合ってくれますか?」


「やる事?どういう事だ?」


「話せば長いです!」


「なら食事をしながら聞くとしよう」


 そして二人は広場を後にする。




 二人は近くにあった酒場へと入っていく。店に入り空いてる席に腰掛ける。店内では昼間から酒を飲む者、テーブル席でポーカーをする者、食事を取っている者、店が主催するショーを楽しむ者、様々だ。


「いらっしゃい。注文は何にする?」


 気さくそうな店員が注文を取りに来た。

 ジョセフが応対する。


「豆のトマト煮、それとパン。こっちにはビフテキとパンを頼む」


「え、ビフテキなんてそんな」


 彼女は豪勢な注文に躊躇する。


「せっかく大きな街にいるんだ、良いモノを食っておけ。旅に出たらほとんどは干し肉を食う事になるからな。それに、食べ盛りだろ?」


「そうゆうことなら有難くいただきます」


「これで以上だ」


「分かりました。酒はいかがなさいますか?」


「今回はやめておくよ」


 注文を終えると店員は厨房へと向かう。

 食事が机に運ばれ二人は食事を始める。食べながらミラは今まであった出来事を話す。服屋の店主の事、街で聞いた不穏な事、関わりそうなこと全部。それを静かに聞いていたジョセフは皿に残る豆をフォークで突いていた。


「なるほど、話は分かった。それが本当なら君にとって大きすぎる山になるな」


「最初はそうとは思いませんでしたよ。一人を見つければいいと思っていましたから」


「そんな飼い猫を探すような気持ちでいたのか?人一人探すのがどれだけ大変か知らんのか」


 少し呆れたような表情をする。


「そんなこと無いですよ!私、探すの得意なんです。これがあれば」


 ポケットをまさぐりある物を取り出す。


「これです!」


 その手には何も無い。


「なんだ、新手のパントマイムか?」


 虚空を掴んでいるミラの手を見て冗談を言うジョセフ。


「あ…他にの人には見えないんだった!」


 大事な事を忘れて恥ずかしがる。


「その、物や人を探す魔法があるのです。痕跡が残っているモノを媒体に光の玉が導いてくれるんですけど。その光は自分にしか見えなくて…」


「そうゆう事か。で、光について行けば探し人が見つかると」


「そうですそうです」


「なら、食事も済ませたし人探しの続きをしに行くとするか」


「行きましょう!」


 ジョセフは懐から数枚の紙幣を取り出し机に置く。

 二人が席を立とうとした時にジョセフに男性がぶつかってきた。


「おい、あんちゃんどこ見ている」


 その男は顔を赤くしている。明らかに酔っぱらっている。


「ぶつかって来たのはアンタだろ。酒の飲み過ぎでわかんなくなっているのか?」


 ぶつかって来た男に鋭い目つきで話しかける。

 相手は一瞬、その目に気圧されるが、すぐに言い返す。


「なんだと!?口の利き方には気をつけな」


 男は上着に隠れて見えなかった腰のホルスターを見せびらかす。それに入っているのは黒く輝くコルトSAA。明らかにこちらに対して脅しをかけている。こっちにはこれがある、怒らせたら恐ろしいぞと。

 ミラはそれを見てジョセフの背中に隠れて、頭だけを出し相手を見ている。悪意を感じて少し脅えている。

 三人の話を聞いていたのかカウンターで飲んでいたのであろう男の仲間が二人こちらにやって来る。


「俺達のダチに何か用か?」


 男達の一人が言う。


「絡んできたのはアンタらだろ」


「なんだと口答えするなよ。俺たちはスナイダー農場のもんだ。知らんとは言わせんぞ」


 酔っぱらった男が言う。


「ここいらで有名な大農場で、この街の有力者とも繋がりがある。俺が知っているのはそれくらいだが」


「俺たちはそこで警備の仕事をしている。どうだ恐れ入ったか?」


 威張り散らかす男。そんな態度に物怖じともしないジョセフ。


「権威を傘にしなければ相手を脅すことが出来ないのか。とんだ小心者だなお前は」


「な、なんだと。表に出ろ!相手になってやるぞ!」


「おい、ベン。それはまずいって」


 男達がベンと呼ばれた男をなだめようとする。


「やめておけ、お前では勝てない」


「こいつ、俺をコケにするのか」


「事実を言っているだけだ」


「お前を倒してやるからな!」


男達の制止を聞かずベンは外へ出る。


「大丈夫なのジョセフ?」


 後ろで見ていたミラが呟く。心配そうにジョセフの目を見つめる。


「大丈夫。死なないさ」


 そう言って後を追った。





通りに出た二人は何十人もの野次馬が見つめている。もちろんミラ達もその中にいる。彼女は心配を拭いきれていない。彼が死ねばこれからの予定が大きく崩れることになる。


「おい、ベンよせって」


仲間が彼を止めようとしている。だが、当の本人は聞く耳を持っていなようだ。


「トビー、笛で合図してくれ」


「ベン、どうなっても知らないからな!」


 トビーと呼ばれた男はポケットから笛を取り出す。


「俺に勝てると思うなよ。数分後にはお前は地面に倒れ込んでいるだろうよ」


「さっさと終わらせよう。こんな事をしても意味は無い」


「意味がないだと!?」


「それに俺が勝つし」


「言ったな!その減らず口を二度と開かないようにしてやる!」


 数十秒かの沈黙の後、お互い手をゆっくりとホルスターに近づける。ベンはジョセフを睨む、一瞬たりとも目を離していない。彼の方も目は相手を捉えてはいるが睨むような目つきではない。ただ見ているだけ、そう思える目だ。

 数秒が過ぎ、トビーは笛を鳴らす。と同時にホルスターに手を掛ける。ベンはSAAを取り出し相手に向ける。銃口は相手を捉えている。ハンマーはコックされ、後は引き金を引くだけだ。

 人差し指を引く。しかし、引き金を引く感触は無かった。それと同時に右手に強烈な痛みが全身に走る。銃で撃たれたのだ。膝をつき左手で傷口を抑える。幸いな事に指は吹き飛んではいない。傷が治ればまた動くことができるだろう。しかし何か月かのリハビリを必要とするが。


「あああ、痛てー!」


 ベンは思わず叫ぶ。

 SAAはご主人であるベンから離れて地面に落ちている。撃つ事さえ無く、銃としての使命を全うできず、ただ無言で何かを訴えているようにも思える。


「言ったろ俺が勝つって」


 ジョセフは吐き捨てるように言った。


「まだだ。まだ終わってない」


 ベンが叫ぶ。痛みを堪えながら落ちている銃を拾おうとする。しかし、思う様に手が動かず拾いあげる事が出来ない。


「まだだ。まだだ」


 ブツブツと小声でつぶやく彼にジョセフは近づいていく。側まで近づくと彼の頭に銃口を向ける。


「やめておけ。次は怪我では済まなくなる」


「なんだ。俺をなめているのか!」


「そうでは無い。次は命は無いと言っているんだ。お前もまだ生きていたいだろう」


「う…」


 彼は銃を拾い上げるのをやめた。

 ジョセフは銃をホルスターにしまう。決闘はジョセフの勝ちで終わった。

 トビーたちはベンの側に近寄り、ミラはジョセフの元に行く。


「もうジョセフさん、見ていて冷や冷やしましたよ」と、心配そうな目で見つめてくる。


「死なないと言ったろ」


「それでも心配するよ!」


 二人が話していると、ベンを担いでいるトビーが。


「お前、ジョセフとか言ったな。こんな事をしてタダで済むと思うなよ」


 そう吐き捨てて去って行こうとする。

 遠くから馬の足音が聞こえる。それも複数の。 

 ミラ達の所に馬に跨った男達がやって来た。


「だれだ!この場で決闘したのは!」


 その場にいる人間に話しけるように言う。胸元には銅色のバッチが見える。この街の警官だ。後続の警官たちは片手にショットガンやライフルを持ちこちらを威嚇しているよう。


「決闘したのは俺だ」


 ジョセフがそう答えた。


「あんたか。それで、もう一人は…聞くまでもないか」


 他からやって来た騎馬警官がベン達を見つけて拘束していた。


「派手にやらかしたなあんた」


「相手から仕掛けてきたんだ。こっちは自己防衛で行っただけだ。それに相手は死んでいない。殺しには該当しないだろ?」


「だからと言って街中で銃をぶっ放して良いわけではない。アイツを病院に連れてったらアンタを署まで連行する。異論は無いな?」


「無いが、豚箱にでもぶち込むのか?」


「そこまではしない。ただ話を聞いて書類を書くだけだ」


 そう言われてジョセフはそれに従い、自分の馬で警官たちについて行こうとする。


「私はどうしたらいいですか?」


 ミラが聞いてくる。


「俺も馬に乗ってけ。乗れるか?」


「もちろん」


 彼女は馬の背に乗り込む。


「さあ行くぞ」


「はい!」

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