第11話:それはそうと嫌になるときもある
当主の勉強がつらい。
正確に言うと現代における算数を最初から教えられるのがつらい。
うかつに出来てしまえば先に進まれてしまうし、もたついていると体調不良を疑われる。
この世界の貴族の教育水準は所謂小学生レベルである。
なぜ専門的な知識を持った転生者がいたのにその程度なのか?というと専門的すぎたことが原因であるっぽい。
例えば食生活について、菌類の研究を行っている学者がいれば調味料になる薬剤を探求する医者もいたらしい痕跡が書庫の本からわかる。
が、その技術を継いでいる専門家はいても一般的に酵母や薬味を深く理解している人間は少ない。
現代と同じく便利なもの程度の理解で物事は進んでいるのである。
そういった結果、貴族に必要な知識は足し算、引き算、掛け算、割り算、以上、終わり、他は専門家まかせである。
つまるところ楽勝、ということだ。
これは実は困る。非常に困る。
なんせ2歳児の知識は足し算ができるかできないか程度であるっぽいのだ。
というのも天才といわれているヴァイス3歳が引き算をかろうじて理解している程度であり、掛け算割り算はもっと上の教育区分らしいのだ。
いや、よく考えれば小学校に入ってから覚えることなのだから7歳で覚えるのが一般的なのでは?とでさえ思う。
とりあえず教えてみて、適性があるか見る、ということならば義務教育を終えている私は当主候補に両足を突っ込んでしまっている状態だ。
なんとかある程度できて、ある程度できない奴として振舞わなければ……暗算なんてもっての外である。
ちゃんと指を使って数えて計算してみたり、掛け算の問題が出てきたら足した結果を書いてみたりと悪あがきはしている。
だが、正直、つらい。
解ける問題に間違った答えを書く罪悪感も答えがもう出ているのに悩む後ろめたさも地味に積もってきつい。
もういっそのこと円周率でも書き出してやろうか。
生前得意だった円周率。
100桁くらいなら書けるし、計算すればもっと行けるだろう。
いや、そもそもこの世界に円周率がなかったら?
それを発見して正円を求められた私は転生者ばれしたどころか賢者として持ち上げられてしまうのでは?
いやさすがに円周率ぐらい伝わっているだろうと思いつつ背筋にはぞくりと寒気が走る。
気を付けなければ、死ぬ。
カノイ・マークガーフ、2歳、そういえば夏休みの宿題やってなかったなと思いだす夏の出来事である。
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