第4話:ご飯にする?お風呂にする?それとも……

 担任への愚痴や叶多の惚気、柊志の苦労話など話題が尽きることはなく、それでも三十分もしないうちにポテトは尽きてしまった。何か追加で注文しようか、と提案されたが俺はそれを丁重に断った。これ以上空腹を満たして夜ご飯が食べられなくなってしまうと、おそらく優を困らせてしまうことになるから。

 叶多と柊志はそれぞれシェイクとハンバーガーを注文して戻ってきた。そのままさらに三十分ほど駄弁り続けていると、あっという間に優に伝えた時間になった。

「悪い、俺はそろそろ帰るわ」

「了解。気をつけてね」

「また明日な」

 二人に挨拶をして席を離れる。秋の日は釣瓶落としなどという言葉があるが、実際一時間ほど談笑している間に太陽は思っていたより傾いていた。

 店を出てすぐの駐輪場に停めた自転車に跨ったところで、思いもよらぬ人物から声をかけられた。

「あれ、晴彦じゃん」

「おう」

 声をかけてきたのは凛だった。部活帰りにしては少し早い時間だが、何かあったのだろうか。

「やけに早いな。部活があったんだろ?」

「あー……ちょっと予定があって早帰り。晴彦は?」

 何となくはぐらかされたような気がしたが、質問で返された以上深掘りすることはできなかった。

「叶多と柊志と駄弁ってた。二人はまだ中にいる」

「マジ?ちょっと凸ってくるわ」

 あわよくば奢ってもらお、と言って凛は店の中に入っていってしまった。予定があって、という言葉があっという間に信憑性を失ってしまった。

「ま、色々あるわな」

 友人とはいえ個人の問題にとやかく言える立場ではない。おそらく奢らされることになる叶多に同情しつつ、俺は店を後にした。



 愛知県一宮市の名古屋鉄道本線寄りにある宮里高校に通っているわけなのだが、実は俺の家は犬山線の方が近い。高校まで自転車で約三十分程かかる距離ではあるが、帰宅部の俺にとってそこそこいい運動になるので、入学してから今まで雨の日も雪の日もずっと自転車で登下校している。

 道中に何か面白い施設があればいいのだが、悲しいかなそういった娯楽施設は名古屋市に固まっているため、テラスモールを出てしまうとまっすぐ家に帰るしかないのだ。

 というわけで、帰宅。

 何の変哲もない一軒家である。鍵を開けて扉を開け、誰もいない家に向かって声をかける。

「ただいま」

「おかえりー」

「………は?」

 家の中から聞こえてきた声に間抜けな声が上がる。

 母さんは仕事で遅くなるのでは?

 そんな疑問を抱きながら顔を上げると、優がリビングの方からぱたぱたと小走りで近づいて来るのが視界に入った。

「何で優が?」

「何でって、おばさんが合鍵くれたの忘れたの?」

「ああ、そういえば」

 確か帰りが遅くなる時の俺の生活が心配だからと、優の家族の許可を得て母さんが合鍵を渡していたはずだ。高校生になるというのに過保護すぎやしないかと思ったりもしたが、何故か優もノリノリで引き受けていたので文句が言えなかったのを思い出した。

 とはいえ何かしらの連絡は欲しかった。

「合鍵があるとはいえ家にいるなら一言くれ。誰もいないと思ってたから普通にビビる」

「あはは……それはごめん」

 気まずそうに謝罪の言葉を口にした優は、仕切り直すように咳払いをして言った。

「さて」

「……何だよ」

「ご飯にする?お風呂にする?それとも──」

「飯で」

「言わせてよ!全部!」

 まるで新婚生活のようなセリフを口にした優だったが、俺はとどめの言葉を遮ってご飯を選択した。それに対して不満気な優だったが、こちらも内心ドキドキしているので許してほしい。

 叶多のように勘のいい人間ならすぐに気づくだろうが、俺は優に対して幼なじみ以上の感情を抱いている。それを知ってか知らずか時々思わせぶりな言葉を口にする優に、俺は毎度振り回されているわけである。

 本当に、よのなかは上手く回っていない。

「で、夜ご飯はできてるの?」

「それがまだなんだよね。ハルなら手伝ってくれるかなーと思って」

「仰せのままに」

 自分の予定もあるだろうにわざわざ俺の家に来てご飯を作ってくれるのだから、手伝わないという選択肢はない。というか、ただ待っているだけだと母さんに叱られたら小一時間お説教タイムが始まってしまう。

「ありがと!じゃあ手を洗ってからキッチン来てね」

「はいよ」

 部屋に荷物を置いて私服に着替え、洗面所で手を洗ってから優の待つキッチンへ。優は何故かニコニコと笑みを浮かべながら紙袋を渡してきた。

「これは?」

「まあまあ、中身を見てよ」

 ニコニコよりもニヤニヤに近い笑みなのが気になったが、俺は素直に紙袋の中に入っているものを取り出した。よく見なくてもわかる。それはエプロンだった──ピンクの。猫モチーフの。

「この間、凛と千夏と出かけた時に買ったんだ。絶対似合うって二人のお墨付きだよ」

「……左様で」

 料理するとなればエプロンをつけなければならない。俺はそのまま渡されたエプロンを着用した。その途端優はお腹を抱えて笑い出した。

「あはははははははは!」

「そんな似合ってるのか。さすが俺だな」

 そう言うと、優は俺の肩をバンバンと叩きながら笑う。うん、痛い。

「痛えよ」

「だって……だって……あははははは!」

「いい加減帰ってこい」

「待って待って、その前に写真撮らせて!」

「嫌だよ」

 写真を撮られるとなると、さすがに恥ずかしさが勝つ。それと共に少しだけ鬱陶しさを感じたので、優の脳天に一撃。

いったあ!?」

「いつまでもアホみたいに笑ってないで飯作ろうぜ」

「はーい……というかエプロンそのままなんだ?」

「まあ、優が買ってくれた物だし大事にするよ」

 思っていたことをありのまま言葉にすると、優は目をぱちぱちと瞬かせた。そして照れ臭そうに頬を掻きながら口を開いた。

「嬉しいこと言ってくれるねえ」

「こんなのでよければ何回でも言うよ」

「そういうのは好きな人に残しときなよー」

「……おう」

 優はにこっと笑って食材の準備を始めた。

 それはお前だ。なんて言える度胸があるはずもなく、俺は力なく笑みを浮かべて優の横に並び、調理器具を用意することにした。

 ご飯にするか、お風呂にするか、それとも──。

 いつかその先の答えを口にできる日がくるのだろうか。

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