第3話:人の奢りで食べるもの、だいたい三割増で美味しい

 学校を出た俺たち三人は目的地へ向け自転車を飛ばす。もちろん道路交通法の範囲内で。暦の上では秋になっているはずなのに、自転車を漕いでいるとやけに暑く感じる。

 向かっているのは通称テラスことテラスモール。都市部の大型ショッピングモールと比べると規模こそ小さいものの、それでも地域の中では最大級のショッピングモールである。書店や飲食店、ゲームセンターなど基本的なお店は揃っているため、ヤリ高の人間は放課後よくここを訪れるのだ。

 叶多がポテトのクーポンを使いたいとのことだったので、俺たちはそこから少し離れたところにあるファストフード店に入ることにした。

「さーて、何頼もうかな」

「ポテト」

「……ちっ」

「舌打ち!?」

 叶多とあほらしい会話を繰り広げている間に、柊志は注文列に並んでしまった。

「早く並ばないと迷惑になるぞ」

 そんな正論パンチ求めてないやい。

「ああ、そうだ。叶多」

「ん?」

「俺の分は自分で買うから気にするな」

「へ?いや、買うよ?」

「晴彦とは何かしらの約束があったんだろう?何もしていない俺がそのおこぼれを享受するのは納得いかん。それにクーポンは一度に二つまでしか使えなかっただろう」

「柊志って変なところで真面目だよね」

「晴彦に比べたらな」

 おい、さらっと俺を引き合いに出すな。普段の素行が素行なだけに否定しづらいんだよ。

 これ以上近くにいるとまた飛び火してきそうなので、俺はさっさと避難することにした。逃げるが勝ちだ。

「そんじゃ俺は席とってくるわ」

「ありがと」

 店内を見渡すと、四人がけの席が空いているのを見つけた。他に席を探している人がいないことを確認してからそこに座る。二人を待つ間にスマホの通知を確認すると、優からメッセージが届いていた。

『今どこにいるの?』

『テラス。叶多と柊志もいる』

 そう答えると、五秒もしないうちに既読の表示。すぐに返信が来た。

『理解。ハル、夜ご飯どうする?』

『どうするって?』

『おばさん今日帰り遅くなるって。うちも今日誰もいないしご飯作りに行こうかなって』

『母さんのことは初耳だけどすげえ助かる』

 どうやら今日は母さんの仕事が忙しいらしく、優が夜ご飯を作ってくれることになった。そもそも何故俺ではなく優に連絡を入れているのかは謎なところだが、それはそうと夜ご飯を作ってくれる人がいるというのは非常にありがたい。

 帰宅時間の目安を伝えたタイミングで叶多と柊志がトレーを持ってやってきた。ポテトのLサイズが合計で三つ、男子高校生三人からしたら少し物足りないくらいの量である。

「晴彦、何ニヤついてるのさ」

「遠目から見ていたが若干近寄り難かったぞ」

 どうやら知らない間に表情に出てしまっていたらしい。ただただ恥ずかしいだけなのだが、起きてしまったことなのでどうしようもない。

「……うっせ」

「ま、どうせ優に関係したことなんじゃない?」

「なあ、叶多」

「ん?」

「やっぱりお前エスパーだろ」

「晴彦がわかりやすすぎるだけだよ」

 叶多はそう言ってポテトを口にした。つられて俺もポテトをつまむ。叶多とは何度かこの店に来ているため好みも把握されているようで、しっかりケチャップまで頼まれていた。ポテトの塩味とケチャップの酸味の相性がいいのは当然として、人の奢りで食べるものの方が美味しく感じるのは何故なんだろうか。

 柊志はというと、俺と叶多の話の内容についてこれていないらしく、ポテトを頬張りながら首を傾げていた。

「どういうことだ?」

「んー……もうすぐ晴れ空から春空になるかもって話?」

「ちょ、叶多!」

 少し難解な言い回しだが、聞く人によっては何のことかすぐに分かってしまうような内容。そんな叶多の発言に焦って思わず大きな声を出してしまったが、幸いなことに柊志には上手く伝わっておらず、「秋空ではなく?」とさらに疑問が深まっているようだった。そのことに安堵する俺を見て、柊志は微笑みながら言った。

「よくわからんが、晴彦にとっていいことなんだろう?めでたいな」

「うぐ……」

 こちらとしてはとても照れくさいのだが、柊志は何の含みもなく善意百%でそう言っているのだからタチが悪い。これが叶多だったらからかいが半分程度を占めているため何か言い返せるのだが……。

 そんなことを考えていると、叶多が何かを思い出したように声を上げた。こいつはまた変なことを言い出すんじゃないだろうな。

「あ、そうだ。晴彦にお願いがあるんだけど」

「ん?」

「今日の古文の内容がいまいち掴めてないんだ。今日じゃなくていいからテストまでのどこかで教えてくれないかな」

 何だそんなことかと安心して俺は口を開く。

「そんなんでよければ、いつでも」

 そこに柊志も便乗する。

「晴彦、俺もいいか?」

「断る理由がないな」

「お礼はまたポテトでいい?」

「いや、お礼はいいよ」

 そう答えた俺に対し、叶多は不思議そうに尋ねてきた。

「……晴彦がお礼を求める時の基準がわからない」

「そんな悩むようなことでもないよ。勉強を教えるってことはこっちの復習にもなるし、その時点で対価は得てるからな。肉体労働にしろ勉強にしろ、俺なりに見返りは貰ってるつもりだよ」

 得意科目の勉強はどうしても後回しにしがちである。そのため人に教えるのは復習のいい機会なのだ。俺が人に教えられるレベルに達しているのは国語──特に古文だけなのだが、それでも自分と他者の利益になるのであれば教えないという選択肢はない。

 至極真っ当なことを言ったつもりだったのだが、何故か叶多と柊志はこちらを見つめてきた。

「……何だよ」

「いや、何というか」

「ああ。何だかんだ晴彦も真面目だな、と」

「それ褒めてるの?」

「「褒めてる褒めてる」」

 ついさっきは俺より真面目だと主張していた柊志も勉強を教えてもらえるとなった途端に手のひらを返してくる。まったく現金な奴らだが、褒められているのなら悪い気はしない。

 俺は気づかれないよう小さく笑いながら、残っていたポテトを口に詰め込んだ。

 やっぱり、人の奢りで食べるポテトは三割増しで美味しく感じた。

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