恋とも愛とも呼べないこの感情を、
声を聞いているだけで、切なくなって、胸が締め付けられる。
わたしはこのひとに、こいをしているのでしょうか。
画面越しにだけ、知っているひと。
私のことは、画面の向こうのひとりとして、知られているひと。
配信者。それがあのひとの肩書。
週に二度だけ、あのひとが画面の向こうで話している声を聞くことができる。
……私の声は、文字としてのみ伝えることができる。
ああ、あのひとに、この声を聞いてほしい。
あなたがすきです。
たったひとことでいい。この声を。
……ほんとうに?
たったひとことでいいの?
あなたがすきです。
透明感のある声がすきです。楽しくて笑う声、悲しくて泣く声。
お話がすきです。好きなことを語る柔らかい雰囲気、辞めてほしいことを語る硬い雰囲気。
揺れ動く感情がすきです。嬉しい。喜び。興奮。戸惑い。憂い。悲哀。
そして、あなたの手で生み出される、色彩たち。
動き出しそうに生き生きとした人。キュートな動物。切り取った青空。
あなたが見せてくれているすべてにこころが惹かれている。
これは、こいなのでしょうか。
こんなことを言われると、きっとあなたは困ったように笑うのでしょう。
もしくは、固い声での拒絶でしょうか。
ああ、どうか、あのひとに、この声を聞いてほしい。
あのひとの中に、善悪は別として、わたしという存在を刻みたい。
これは、こいなのでしょうか?
抑えれば抑えるほど、あのひとへの想いが溢れて止まらないのです。
周りにいるひとは、共に応援する味方であり、仲間であるはずなのに。
あのひとに親しく声をかけられている、あのアカウントやそのアカウントへの、みにくい嫉妬心。
そこにいるのが、わたしだったなら。
わたしのほうがあのひとを後に知っただけ。それだけなのに。
これは、こいなのでしょうか?
けれど、わたし自身があのひとに嫌われるより、なにより怖いのは、優しいあなたが傷つくこと。
だから、わたしは今日もあのひとへのメッセージを打ちかけては消すのです。
滲み出る感情を見せないために。
善悪は別として存在を刻みたい、だなんて、きっとあのひとを傷つける存在だから。
こんな気持ちを届けてしまったとき、あのひとはきっとその眩しい笑顔を曇らせてしまうから。
これは、あいなのでしょうか?
あのひとへの気持ちは、どうか穏やかでありたい。
こころの中はどうであれ、見せている部分だけは、どうか。
だから今日も、そっと心臓をかたどった形だけを送っています。
わたしの、あのひとへの恋とも愛とも呼べないこの感情をすべて抱きしめて隠してくれる、心の臓のかたち。
決してその中を覗かれるわけにはいかない、曇りガラスのような器。
これは、あいなのでしょうか?
いつか、その曇りが晴れてしまったらと怯えているわたし。
曇りガラスの器の中にある、あのひとへの気持ちのすべてを知られる日が来ないように、わたしはここに気持ちを置いていきます。
そして、あなたの紡いだ文字を見て、あなたの生み出した絵を見て、あなたが楽しんだ後の動画を見ることにします。
恋でも、愛でも、もうどちらでも良いのです。
画面のこちら側のみんなに愛されている存在であること。
それに幸せ、と笑うあなたのこころが、いつまでも平穏であること。
そうあることを、願ってやみません。
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