画面越しの君の幸を願う
@rinon0257
画面越しの君の幸を願う
切ない歌声が、ヘッドホンから流れている。
それに目を閉じて聞き入っていたら、心臓のあたりがぎゅっと苦しくなった。
オンライン上でゲームをしたり、雑談をしたり。そうする人のことを、配信者、と呼ぶ。
皆んなで楽しもう、皆んなを楽しませよう。配信者はそういうひとが多い。
それを娯楽として消費しているファン。私もそのうちの一人だ。
画面の向こうで、どんな表情をしているんだろう。
直接カメラを取り付けて自分の顔を出しながら話す人もいるが、稀な存在だ。
デジタルの発展はすごい。今となっては、自分の動きに合わせて動く絵を表示させながら配信をすることができる。私が”推し”ているひと―仮にNとしよう―も、そういう配信者だった。
Nの配信は、まるで仲の良い友人とゲームをしているよう。そう表現するのがしっくりくる。
楽しそうにしているNを見ていると、楽しい気持ちになる。
物語の展開に悲しそうにしていると、一緒に悲しい気持ちになる。
……Nが嫌がることをされていたら、画面のこちら側で勝手に憤ってしまう。
私にとって、Nとはそういう存在だった。
Nは、柔らかいこころを持つひとだ。
強い言葉を発する人間に傷つき、物語の展開に本気で泣けるひとだ。
Nを知ったきっかけは、実はあまり詳しくは覚えていない。かわいいイラストを書いているひと、と認識していたNのSNSアカウントが、私もプレイしているオンラインゲームを始めた、と言っていたのを見かけたからだったか。
ただ、初めて話をしているNを見た時の印象ははっきり覚えている。『同じ方言を話すひとだ』、そして、『話が面白い』と思った。
惹き込まれた。惚れた、と表現しても良い。
そこから過去の配信を録画した、アーカイブを見るようになった。私もプレイしたことのあるゲームばかりだから、どこでどうなる、という展開を私は知っているが、Nにとっては初めてするゲーム。その反応が新鮮だった。
それから、SNSでもNをフォローした。本当に、たまたまいつも流れてきていただけだったのだ。SNSのおすすめアルゴリズムは、時として自傷になるようなこともあるが、今回ばかりは本当に感謝したい。
Nは、ゲームの話や、飼っている猫の話、そして描いた絵をSNSにアップしていた。本当に楽しそうだった。楽しそうにしているNを見る私も、楽しい。
配信では、物語を楽しむのはもちろん、オンラインゲームだから交流することもできる。その最もたる例が、一緒に写真を撮ることができることだ。私は時々、その写真に映りに行くようになった。いつも隅の方で、ポーズを撮る。周りにはたくさんのファンがいて、Nは幸せそうだった。
また、オンラインゲームは、定期的にイベントが開催される。それを楽しんでいるNのところに他のファンと共に混ざるのもまた楽しかった。Nの近くにいる時は、とても緊張したのを覚えている。
Nは、ファンを大事にする人でもある。コメントには後からでも必ず目を通しているし、SNSに投稿された感想もきちんと毎回読んでくれている。それは、ゲームの攻略を指示するようなコメントにも、批判的な投稿にも。
ある日、NのSNSが更新された。『すみませんが、先の展開をお伝えするのは辞めてください…、それは知りたくなかった』。わざわざNに直接メンションして先の展開を教えた人間がいたらしい。
きっと、Nは残念な気持ちになっただろう。そうした人間のことを、やさしいNは辞めてね、と言いながらもきっと許すのだ。
私は、そうした人間が許せない。そういった人間が出てきたことに憤りを感じたし、自分の面倒な性格を把握しているだけに、Nの配信を直接見に行くことを諦めて、アーカイブで見るようにした。多分、その場に居合わせたら自分自身がNを傷つけてしまうような強い言葉を発してしまう気がして。
Nの声、Nの反応、それが画面越しでも直接見れなくなった。けれどそれは、今までのアーカイブと何も変わらない。知る前のものだってそうなのだから。
アーカイブでは、いつもと変わらないNの姿があった。
「これくらい、配信しているとたまにあるんだよね。」
そうNは笑った。
このひとの柔らかいこころが、どうか傷つきませんように。
どうかNが、ずっとずっと幸せで在れますように。
ただそれだけを願いながら、今日も私はアーカイブを追うのだ。
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