ACT.1 side-葵
「コイツ誰?」
「他部署の後輩だけど・・・」
他部署の、後輩・・・ね。
「素晴らしい夜だったんだ?」
嫌みを込めて志穂に笑顔を向ける。
志穂は何かを思い出したのかにへらっと緩い笑みを見せて頷いた。
そんな志穂の唇を強引に奪う。
そんな思い出、消してやる。
「んっ葵っ何するの!」
「何ってキスだけど?今日は俺の誕生日じゃん」
それを免罪符に、俺は何度志穂を傷つけて来ただろう。
分かっていても止まらない。
強引に口づけたまま志穂をラグマットの上に押し倒す。
「志穂、選べよ。このまま俺に抱かれるか、アレに押印するか」
視線を頭上のテーブルへと向ける志穂。
戸惑い迷う志穂の服の中に手を忍ばせる。
相変わらず触り心地の良いしなやかな肌。
この肌に、上嶋って奴も触れたんだろうか。
そう考えたらいてもたってもいられなくて、強引に服をまくり上げた。
「ちょっと葵っ!」
慌てて服の裾を引っ張り元に戻そうとする志穂の肌は白く綺麗なままで。
赤い印が付いていなかったことが少しだけ俺を落ち着かせた。
ほんの少し冷静になった俺は、今度は目の前の乱れた志穂の姿にバクンと心臓を鷲掴みにされた。
ヤバイ。
今日は襲う気無かったのに。
真っ赤になって乱れた服を必死に戻す志穂。
こんな志穂の姿見たら・・・
けど、今日の目的は婚姻届であって、志穂とヤる事じゃない。
葛藤する俺とは対照に、志穂は火照った顔を冷静に戻していく。
「葵、いい加減退いてよ」
「へぇ、俺に退けって事は婚姻届に押印する気になったって事か」
「そんなの“しない”って言ったら勝手に印鑑奪って押す癖に」
拗ねたように俺から顔を反らして呟く志穂。
それはその通りで。
志穂が煮え切らないなら勝手に押すつもりでいた。
「ふーん、じゃあ勝手に押すから」
テーブルの上に転がった印鑑に朱肉を付け直して、志穂の名前の横に印を押した。
志穂は怒らない。
悲しみもしない。
そうやって、俺に奪われる事に諦めてる。
そんな志穂をどうにか怒らせたくて意地悪を言う。
「志穂明日から俺の妻ね。妻になったら抱かれることに拒否権無くなるけど良い訳?」
ダメって言われても、俺はこの婚姻届を提出するんだけど。
志穂は口を結び、俺から視線を逸らしたまま何も言わない。
世の中には沢山のカップルがいるだろう。
その中で片方の意志が無く結婚するカップルは果たして何組くらいいるんだろうか。
「練習しよっか?」
「・・・練習?」
漸く俺を見た志穂が首を傾げる。
「志穂は明日から俺の妻だけど、明日は戻れないと思うから」
整えられた服の裾から再び手を滑り込ませれば、志穂の口からヒュッと息を飲む音が聞こえた。
俺の手が胸まで到達した頃には再び茹でダコのように頬を真っ赤に染める志穂。
抵抗は、しない。
いつからだっけ?
志穂が俺に抱かれることに抵抗を示さなくなったのは。
受け入れられたと甘い期待を抱いて、そうじゃなくて志穂は俺に諦めただけだったのだと知ったのは。
「ンっ・・・っハ・・・」
志穂の口から漏れる甘美な吐息。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
こんなにも、愛してるのに。
・・・虚シイ。
志穂、俺を好きになって。
志穂、俺を、見て。
30年間ずっと、君だけが好きだった。
30年間ずっと、志穂の為だけに生きて来た。
ねえ志穂、君の人生を奪う俺を許して・・・
ねえ志穂、死ぬまでには俺の事を好きになって・・・
大切な、大切な、女の子。
俺の下で淫らに乱れる可愛い姫。
虚しい、悲しい、苦しい。
それでも俺は、志穂を手放す事なんて出来ないんだ。
偽りの、形だけの、繋がりだとしても。
それでも俺は君と繋がっていたいんだ。
夜の闇へと堕ちていく。
ピピっと甲高い電子音が部屋の中に届いた。
俺の、誕生日が終わり、新しい1日が始まる。
何度も何度も抱きしめた志穂は俺の腕の中でぐったりと横たわっている。
志穂・・・愛してる。
愛してるんだ・・・心から。
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