ACT.1

「セキュリティがしっかりしてて、かつ志穂の会社にも近い場所探すの大変だったんだからなー」


住所から見るに、明らかに一般職の私が一人の給料でやっていけるマンションだとは思えない。


しかも部屋の号数、5201って、まさか52階?


「また固まってる。そんなに嬉しいか」


だから、そうじゃないって。


どうしてそんなにもご都合主義に考えられるのか。


そもそもいつからこんなにも自己中心的になってしまったのか。


少なくとも小学校低学年まではとても可愛くて優しかったはずだ。


私の記憶が確かなら。


「志穂、ボーっとしてないでさっさと押せよ。俺明日の朝一で大阪まで戻んなきゃいけないんだから」


そういえば葵は今TEARのコンサートで全国ツアー中だったと思い出す。


そんな葵が都内某所のこの場所まで来ている事を褒めるべきか、呆れるべきか。


「あのさ・・・ソレ、本気?」


今までも葵の誕生日には葵の気まぐれで色んな事をさせられた。


それはもう、記憶に何重にも蓋をして二度と開かない様に何重にも鍵を掛けているくらいに。


それでも今まではせいぜい私が被害を被るくらいで、人さまに迷惑を掛ける事は無かった筈だ。


それが『結婚』となれば話は別である筈だ。


葵は世間を騒がすトップアイドルグループの一人であり、有名人なのだ。


そんな葵の結婚となれば世間は黙っていないだろうし、マスコミにだって何を書かれるか分かったもんじゃない。


そもそも事務所は葵が結婚する事に賛成なのだろうか。


芸能人でも“俳優”だとか“モデル”とかなら構わないだろう。


だが葵は“アイドル”なのである。


アイドルの恋愛なんて正しくご法度であるし、ましてや“結婚”だなんて、勝手に決めて良い物ではない気がする。


「志穂は俺が冗談でこんなもの持ち出したと思ってる訳?」


呆れたように溜息をついた葵は私をじっと見てから首を横に振った。


「とりあえず、コート脱いで風呂でも入ってきたら?」


いや、この状態でお風呂に入れるほど私は呑気じゃないんですけど。


とはいえ、葵は私の手からテレビのリモコンを奪って勝手にチャンネルを変えだしたから、今はもう何を言っても無駄である。


部屋の壁にかけてある時計にチラリと目をやれば、時計の針は22時を指そうとしている。


もうすぐ22時になるけど大阪行きの新幹線の終電は何時だろうか?


間に合うのだろうか?


そんな事を考えながら自分の問題を放棄して葵の心配ばかりしている自分が嫌になる。



葵と結婚・・・か。



すっかりテレビに視線を向けている葵の顔を見て小さく溜息を落とすと寝室で着替えを準備してバスルームに向かった。




バスルームに入ると鍵を掛ける。


一人暮らしなのにバスルームに鍵を掛けるのは、大学4年間で身に着けた癖である。


「結婚・・・か」


声に出して呟いてみれば、訪れる違和感に再び溜息を落とした。


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