ACT.1
トリップしている私をよそに、私の肩から無理矢理鞄を引っ手繰り勝手に中を漁り出す王子。
鞄の中から筆箱を見つけ、戦利品である私の認印を勝手に取りだし満足げに口端を上げる王子。
その一連の動作を黙って見ていたが、流石に印鑑の悪用は困る。
「ちょっと葵!返してよ」
「ああ、返してやるからコレに押印しろ」
白い半透明のガラスのテーブルに叩き付ける様にして置かれたそれ。
私の右手には朱肉を付けられた印鑑が無理矢理握らされた。
婚姻届。
左上に書かれてある文字に思わずポカンと口を開けて固まる。
何故だろう。
夫の欄には既に必要な全項目が埋め尽くされ押印済み。
妻の欄には押印以外の全項目が埋め尽くされている。
尚、私は一切記入した記憶など無い。
それだけで驚くなかれ。
証人の欄には葵の父親と私の父親の記名と押印がバッチリなされているではないか。
残る作業は妻の欄の押印と役所への提出だけだ。
何これ家族ぐるみで私をはめるとか有りな訳?
「嬉しくて固まってんのか?可愛い奴」
私のこの青ざめた顔が喜んでる顔に見えるなら今すぐにでも眼科へかかるべきだ。
もしくは、精神科への入院をお勧めする。
「ちょっと頭整理したいからテレビでも付けて良いかな?」
良いかな?って聞いた後に気づく。
そもそもここは私の部屋で、この部屋の主は偉そうにふんぞり返っている王子では無く、この私だ。
そんな訳で葵の了承も取らずにテーブルの上に乗っていたリモコンでテレビのスイッチを付けた。
『息爽やか!キスしたくなる爽快感』
静かだった室内に漏れ出す爽やかな音楽。
今大人気のアイドルグループの青年がさわやかな笑顔で画面に抜かれる。
『俺とKissする?』
ドアップで映し出される爽やかな青年は液晶画面の中でキラキラ光っている。
思わずテレビの隣にいる王子へと視線を動かした。
同じ顔だ。
本人なのだから当然なのだが、この180度違う表情は如何なものか。
目の前の王子、名を葵、姓を高原(たかはら)という。
小学6年生の時にアイドル養成所へ入所し、中学3年で花開きドラマデビュー。
その後、高校2年の時に4人組のグループTEAR(ティア)でCDデビューを果たしたのだ。
今ではTEAR(ティア)のコンサートチケットはプレミアムチケットになっていて、オークションでは10万の値が付く事もざらだとか。
そんな彼が、芸能人の美しい姫達からのアプローチも、可愛らしいファンの女の子達からの熱い視線もそっちのけで私と結婚しようだなんていう理由が見当たらない。
強いて言うなら、私が彼の下僕だからだろうか。
ただでさえ葵には今まで散々な目に合されているのに結婚なんてしたらどうなる事か。
この先の人生お先真っ暗だ!!
「志穂次の土日で引っ越しな」
「うんそうね。葵にこの場所ばれちゃったなら」
「じゃなくて、ここに」
ここに、葵は再び婚姻届をトントンと指で叩いた。
指の先には住所が書いてある。
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