ACT1.強引な契約
ACT.1
4月7日。
毎年訪れる悪夢の日を、どうして私は忘れていられたのだろう。
1日に入社した新入社員のオリエンテーションが一段落し、他部署の可愛い後輩ちゃんと軽い打ち上げをして家に帰った私の目の前に、
冬のボーナスで奮発して買ったカシミアの真っ白な一人掛けソファにどこぞの王子様が君臨されておりました。
御年30にならせられるその王子は、見た目年齢20歳。
否、学生服さえも着こなせる程のベビーフェイス。
ストレートの黒髪にくりっと丸い瞳。
笑うとえくぼが出来るが、今の王子の顔には現れていない。
「おっせーよ」
不機嫌極まりない王子は、その不機嫌を隠そうともせずに苛ついた声で私に不満をぶつけてくる。
ベビーフェイスのその顔から漏れるとは思えない暴言だ。
王子のこの本性は私の前でしか現れない事も、経験上知っている。
「あ・・・のさ、聞きたい事が山のようにあるんだけど・・・」
私はこの部屋の場所を誰にも、両親にさえ話していないのに何故分かったのか?
とか、
そもそもオートロックのマンションにどうやって入って来たのか?
とか、
万が一住人と共にオートロックを潜れたのだとしても、朝方しっかり鍵を掛けてきた筈の部屋に何故入れたのか?
とか、
そもそも何しに来たんだ?
とか。
「俺も聞きたい事がある」
そんな私の疑問を王子は鼻で笑い一蹴すると、
相変わらずソファの背もたれに背を預けてふんぞり返ったままとんでもない事を言いだした。
「印鑑どこにあんだよ」
印鑑?
って、郵便屋さんとかが来た時に「はんこくださーい」っていうあの印鑑?
何か署名とかした後に押印するあの印鑑?
「・・・へ?」
「家ン中ありそうな場所一通り調べたけど見つからねーから志穂(しほ)が帰ってくんの待ってたんだけど」
「あのさ、どう考えても葵(あおい)の印鑑がこの部屋にある訳ないんだけど」
私が産まれた時から隣で寝かせられてたような、腐れ縁ならいっそ本当に腐りきって崩れてしまえと思う程の長い付き合いの私達。
所謂幼馴染ってやつ。
目の前の王子葵と私は。
でもね、流石に幼馴染の印鑑を所持してるほど親しくは無いつもりだけど。
「当たり前じゃん。志穂ってバカなの?俺が探してるのは志穂の『宮部』の印鑑なんだけど」
29年来の勘が告げている。
絶対ロクでも無い事考えているに違いない。
「・・・何故私の印鑑がご入り用で?」
「俺が今日で30になったからに決まってんだろ」
王子が今日で30歳になったから?
それと印鑑がどう繋がる訳?
眉間に皺を寄せた私を見て、王子はようやくソファーから腰を上げた。
「持ち歩いてんだろ?出せ」
帰って来たまま固まっていた私は、鞄を肩から掛けたままであったし、
トレンチコートにストールまで着用のままだった。
だってさ、ホッと一息つくために帰って来た家の玄関を開けて、リビングの扉を開けたらそこにいる筈の無い人間がソファーに座って待ってた訳ですよ。
驚くよねー。
叫ばなかったのはこれが初めてじゃ無いからだ。
王子に見つかったという事は、ここもそろそろ引っ越し時か。
引っ越し面倒くさいなー。
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