第18話 秘密

昼休み、いつもの教室の隅。

三人分のお弁当が並ぶ中、千夏が不在の静けさ。


「千夏、まだかしら」


白石がお弁当の蓋を開けながら呟く。


「もうすぐ戻ると思います」


美桜も箸を手に取る。

最近は、三人で食べることが日常になっていた。


「ところで」


白石が、いたずらっぽい表情を浮かべる。


「篠原先輩との会話、楽しそうだったわね」


「え!?」


思わず箸を落としそうになる。


「べ、別に...その...」


「ふふ」


白石が小さく笑う。


「そんなに慌てなくても」


「白石さんこそ」


言葉が、すっと口から出た。


「篠原先輩にお願いする時、すごく真剣でしたよね」


「!」


今度は白石が、箸を止める。


「料理が得意じゃないってカミングアウトする時の表情とか...」


「ちょ、ちょっと!」


珍しく慌てた声。

白石の頬が、わずかに赤みを帯びていく。


「そんなことないわ。私は...その...」


「あれ?」


思わず身を乗り出す。

いつもの白石らしくない。


「まさか...先輩のこと...」


「違う!」


予想以上に強い否定。

白石の顔が、見る見る赤くなっていく。


「私は...ただ...」


言葉に詰まる白石。

初めて見る表情に、美桜は思わず見入ってしまう。


「お菓子作りが、少し」


小さな声。


「...面白くなっただけよ」


「へぇ...」


思わず、意地悪な微笑みがこぼれる。


「な、何よ、その顔!」


白石が腕を組む。

でも、まだ耳まで赤い。


「私だって...新しいことを始めたっていいでしょ」


その言葉に、美桜は小さく頷く。


「うん。私も...嬉しいです」


「...なによ、急に」


「だって」


窓から差し込む日差しを見つめながら。


「白石さんと、一緒にお菓子作りができるなんて」


「...っ」


白石が、また言葉を詰まらせる。


「べ、別に大したことじゃ...」


「でも」


美桜は続ける。


「あの後白石さんが教えてくれたこと、私、全部覚えてます」


「え?」


「生地の温度を見る時の、指の使い方とか」


「あ...あれは...」


「それに、泡立て器の角度も...」


「も、もういいわよ!」


白石が両手で顔を覆う。

耳まで真っ赤になっている。


「私が言いたいのは...」


深呼吸をして。


「ありがとう、です」


その瞬間。


「ごめーん、遅くなっちゃった!」


教室のドアが開き、千夏が駆け込んでくる。


「あれ?白石さん、顔赤いけど...風邪?」


「ち、違うわよ!」


慌てて正面を向き直す白石。


「暑いだけ...よ」


「え?割と涼しくない?」


「気のせいよ!」


そんなやり取りを見ながら、美桜は小さく微笑む。

白石の意外な一面。

それを見られたのは、きっと特別なこと。


(私たち、少しずつ変わっていってるのかな)


お弁当を持ち上げながら、そっと考える。

理由は分からないけれど、なんだか嬉しい気持ちになった。


「もう!二人とも何笑ってるのよ!」


白石の声に、千夏と美桜は思わず目を合わせる。

そして、またくすりと笑い出してしまう。


窓の外では、春の風が木々を揺らしていた。

三人の関係も、季節と共に、少しずつ色づいていく。

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