第17話 ささやかな休息
最初の一口。
舌の上で、優しく溶けていく甘さ。
そこに、イチゴの爽やかな酸味が重なって。
「美味しい...」
思わずつぶやいた声が、静かな図書室に響く。
「本当に」
白石も、珍しく素直な感想を漏らす。
「このキャラメルの香ばしさと、イチゴの酸味のバランスが...」
「そこに気付いてくれて嬉しいな」
陽太が本棚に寄り掛かりながら言う。
「実は、キャラメルを二段階で作ってるんだ」
「二段階...」
美桜は思わずメモを取りたくなる衝動を抑える。
「そう。最初は強火で、香ばしさを出すために。次は弱火で、優しい甘さを加えるんだ」
陽太の声が、静かに続く。
「二つの味わいがあるから、イチゴの味も引き立つんです」
その言葉に、美桜はケーキの一片を見つめる。
見れば見るほど、新しい発見がある。
「先輩は...」
声が出る前に、一度深く息を吸う。
「どうしてお菓子作りを始めたんですか?」
質問が終わった瞬間、自分の大胆さに驚く。
でも、陽太は嬉しそうに微笑んだ。
「それはね」
懐かしむような表情になる。
「母さんの店で、お客さんの笑顔を見てたから」
ふと、カフェでの午後を思い出す。
温かな空気。優しい笑顔。
あの場所には、そんな想いが詰まっていたんだ。
「素敵...ですね...」
「白石さん、分かってくれるかい?」
「私も、そう思います」
自分の声が、図書室に溶けていく。
「みんな、真剣なんだな」
陽太が二人を見つめる。
「コンテストの方も、応援してるよ」
「はい!」
「ところで」
白石が、紙袋を指さす。
「これ、まさか...」
「うん、母さんからの差し入れ」
陽太が紙袋から、新しい箱を取り出す。
「今日のおやつに、どうぞ」
開けると、たくさんのクッキーが。
それぞれの形が少しずつ違って、手作りの温もりが伝わってくる。
「あの...」
美桜が声を上げる。
「このクッキー、写真に撮っても...いいですか?」
「もちろん」
「参考に...したいんです」
その言葉に、陽太が少し驚いたような、でも嬉しそうな顔をする。
「写真より」
陽太がそっと言う。
「実際に作ってみるのはどう?」
「え...」
「よかったら、今度教えるよ」
心臓が、大きく跳ねる。
「店で、基本から。休日とかに」
「あ、あの!」
白石が急に立ち上がる。
「私も...お手伝いさせていただけませんか」
今度は美桜が驚く番。
「料理は、あまり得意じゃないから...」
珍しく照れたような白石の横顔。
「いいよ、もちろん」
陽太の返事に、二人とも思わず顔を見合わせる。
窓の外では、夕陽が赤く染まっていく。
図書室の中には、クッキーの香りと、三人の穏やかな時間が流れていた。
「千夏にも、持って行ってあげましょう」
白石の提案に、美桜は頷く。
(これが、私たちの日常になっていくのかな)
そう思うと、胸が温かくなった。
まるで、陽太の作ったお菓子みたいに。
優しくて、でも、しっかりと心に残る味わいのように。
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