第13話 先輩は人たらし
カフェを出た時、空は優しいオレンジ色に染まっていた。
「お腹いっぱい」
千夏が伸びをする。
「あんなに食べるつもりじゃなかったのに」
確かに。試食のはずが、結局みんなで何種類もケーキや茶菓子を頼んでしまった。
「...篠原先輩のお勧めだから」
白石が小さく呟く。普段の凛とした態度からは想像もつかない、少し拗ねたような口調。
三人は駅に向かって歩き始める。夕暮れの街並みが、やけに優しく感じられた。
「ねぇ」
千夏が突然立ち止まる。
「先輩って...ずるいよね」
「え?」
「だって!あんな風に一人一人の良いところを的確に言われたら...」
千夏の言葉に、美桜は思わず頬が熱くなるのを感じた。
「...確かに」
意外にも、白石が同意する。
「あの『真剣な表情が凛として』...なんて」
珍しく言葉に詰まる白石。その横顔が夕陽で赤く染まっているのは、きっと夕陽のせいだけじゃない。
「私なんて...」
美桜は自分の靴先を見つめる。
「『純粋さが魅力』なんて...恥ずかしくて...」
「でしょう!?」
千夏が両手を広げる。
「しかも、あの言い方!さらっと褒めてくるんだもん。反則だよ、絶対」
「人たらしね」
白石があっさりと言い切った。
「え...」
「そうそう!まさに人たらし!」
千夏が大きく頷く。
「しかも本人は全然意識してないでしょ?」
「それが一番タチが悪いわ」
白石の言葉に、思わず三人で顔を見合わせる。
「ぷっ...」
誰が最初に吹き出したのか分からない。けれど、次の瞬間には三人とも笑っていた。
「まさか...白石さんとこんな話するなんて」
千夏が涙を拭いながら言う。
「私だって」
白石は微笑みを隠そうともしない。
「意外ね」
その言葉に、また笑いが込み上げる。
「でも」
美桜は胸の高鳴りを感じながら言った。
「なんだか嬉しい」
「そうね」
白石の声が、いつもより柔らかい。
「私も」
千夏が両腕を広げる。
「これって、運命的な女子会じゃない?」
「大げさよ」
白石が呆れたように言うけれど、その目は笑っている。
「私たちって」
美桜は空を見上げる。
「本当は、前からこうなれたのかも」
「かもね」
「そうかも」
二人の返事に、美桜は温かいものが広がるのを感じた。
夕暮れの街に、三人の笑い声が響く。
変わっていく関係を、優しく包み込むように。
「あ!」
千夏が突然声を上げた。
「でも、先輩の『今の反応、三人とも可愛い』ってのは反則中の反則よね!」
「ああ...思い出さないで」
白石が珍しく顔を覆う。
「もう...千夏ってば」
照れる美桜。でも、また笑顔がこぼれる。
駅に向かう道すがら、三人は何度も笑った。
篠原陽太という「人たらし」の話題で。
そして、お互いの新しい一面を発見する度に。
たった数日で、こんなにも関係が変わるなんて。
夕陽が三人の影を優しく重ね合わせる。
それは、これからの予感のように、温かだった。
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