第5話 関係の露呈
「美桜、図書室行くの?」
いつものように昼休みになり、美桜が立ち上がると、千夏が声をかけてきた。
「う、うん...」
「あ、私も本返さないといけないんだ。一緒に行っていい?」
「え!?」
思わず声が裏返る。ここ二週間、図書室は陽太先輩との特別な場所になっていた。昼休みはいつも、マカロンの感想を伝えたり、時には勉強を教えてもらったり...。
(どうしよう...断るのも不自然だし...)
「あ、あ、うん...」
意識が混乱して、結局流されて承諾してしまった。
階段を上りながら、千夏が不思議そうに美桜を見つめていた。
「最近ね、美桜の様子が変わったなぁって思ってたの」
「え...そう?」
「うん。なんだか、表情が柔らかくなったっていうか...」
図書室のドアを開けると、いつものように陽太の姿があった。今日は珍しく一人ではなく、村上副会長と何か話し込んでいる。
「あ」
思わず足が止まる。でも遅かった。
「あれ?篠原先輩?」
千夏の声が、静かな図書室に響く。
「美桜、もしかして...」
陽太と村上が振り返る。陽太は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに穏やかな笑顔になった。
「こんにちは、佐々木さん」
「え?私のこと知ってるんですか?」
「ええ、早坂さんからよく話を...」
「先輩!」
慌てて制止するが、すでに遅い。千夏の目が輝きだす。
「へぇ~...美桜、私のことを先輩に話してくれてたんだ~」
からかうような千夏の声に、顔が真っ赤になる。
「ご、ごめんなさい!私たち、これで...」
逃げ出そうとした美桜の袖を、千夏がくるりと掴んだ。
「待って待って!せっかくだから、お話させてください!」
「え...」
「…篠原、打ち合わせ、別日にズラすか?」
「んー、そうさせてもらおうかな、ありがとね」
察してくれたのか、副会長は資料を手に取り席を外してくれた。
「佐々木さん、どうぞ」
陽太が椅子を勧める。
「早坂さんのお友達なら、僕も是非お話ししたいです」
「わぁ、ありがとうございます!」
千夏は嬉しそうに席に着くと、美桜の手を引っ張って隣に座らせた。
「実は最近、美桜の様子が変わってて気になってたんです」
「千夏!」
「変わったって?」
陽太が興味深そうに聞く。
「なんていうか...前より笑顔が増えたっていうか。あと、白石さんのことを気にする様子も減ったような...」
「そう、なんですか?」
陽太は美桜の方をちらりと見た。
「はい!この前なんて、白石さんが満点取った時も、あんまり落ち込まなかったんです。それどころか『私は私のペースでいいんだ』って...」
「!」
自分で言った言葉なのに、陽太の前で引用されるのは恥ずかしかった。でも、先輩の目が優しく温かくなるのが分かった。
「それは...良かったです」
「ねぇ、これって絶対、篠原先輩の影響ですよね?」
千夏が意味ありげな笑みを浮かべる。
「ち、違うよ!その...」
「まあまあ」
陽太が笑いながら制した。
「早坂さんは、自分の力で少しずつ変わろうとしているんです」
その言葉に、美桜は胸が熱くなった。
「でも...先輩がいてくれたから...」
小さな声で呟いた言葉に、今度は陽太の方が少し赤くなった。
「あ~もう!」
千夏が突然立ち上がる。
「私、邪魔してましたね!ごめんなさい!」
「いえ、そんな...」
「美桜、また教室で待ってるね!」
千夏はウインクを一つして、
「お二人で、ごゆっくり~」
「ちょ、千夏!」
逃げるように去っていく親友を見送りながら、美桜は顔を真っ赤にしていた。
「す、すみません...千夏って、ちょっと...」
「いいえ」
陽太は優しく微笑んだ。
「素敵なお友達ですね」
「...はい」
確かに、千夏は美桜の変化を一番に気づいてくれた。そして今日、陽太先輩との関係を知って、純粋に喜んでくれた。
「あ、そうだ」
陽太がカバンから例の紙袋を取り出す。
「今日は抹茶とホワイトチョコのマカロンです」
「わぁ...」
緑色のマカロンが、午後の日差しに透けて見える。
「実は今日のは、早坂さんの『お茶の香りが好き』という話を参考に作ってもらったんです」
「え...私の...」
「はい。母も『その子の好みを聞いてみたい』って」
陽太の言葉に、また胸が温かくなる。
きっと教室に戻ったら、千夏にいろいろ聞かれるだろう。
でも、それも悪くない。
だって今の自分には、胸を張って言える...
大切な親友と、そして—
特別な先輩がいるって。
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