第57話:命がけでもたりないのさ

「俺とお付き合いしてください!」


 思った以上の大声が出て、マイクがきぃんとハウリングする。

 手を前に差し出し、腰を直角に曲げてお辞儀をし、お姉さんの返事を待つ。

 周りも見えないし何も聞こえない。

 永遠とも束の間とも知れない静寂の後、お姉さんははっきりした口調で言った。


「ごめんなさい」


 うん、わかってた、知ってた。

 この手が握り返されることはないだろうと、俺はなんとなく分かっていた。

 でもなんだろうな、好きな人に自分が恋愛対象じゃないってことを突きつけられると、やっぱり辛い。

 俺は無理やり笑ってみせた。


「……いや、そうですよね。はは、キッチリ振ってくれてありがとうございます」

「あのね、ジンくんのことがイヤだとかキラいとかじゃないの。理由が2つあってね」

「2つ?」

「1つは……これ」


 お姉さんが左手を前に出すとその薬指にはリングが輝いていた。

 いわゆるファッションリングとは異なるデザインの、ダイヤの指輪。

 お姉さんが頬を赤らめて小首を傾げる。


「先月、婚約しちゃったの」

「な、なんと……おめでとうございます」


 気づかなかった。

 この大会直前にもGsガレージに通っていたのに、俺はお姉さんの結婚指輪にまったく気づいていなかった。

 先月に婚約となると、きっとそのずっと前からお姉さんにはお相手がいただろうということで……。

 俺はずっと告白のチャンスにありつこうとしていたけど、どうやっても無理だったってわけだ。

 ま、まあいいさ。

 お姉さんがこんなにも幸せそうな表情をしているんだからな。


「もう1つ、たぶんジンくんが知らない、わたし自身の事なんだけど」

「と言うと?」

「実はわたし……男なんだよね」


 ……

 はぁっ?

 いやいやいやいやいやいや、ちょっと待て。

 何を言ってるんだこの人は?

 会場全体が騒めき出す。


「おと……男性ってことですか?」

「うん」


 お姉さんが「えへっ」と舌を出す。

 姿形も、その仕草もすべてが可愛らしくて脳が情報処理を拒否している。

 次の句を継げない俺の様子を見て、ルキが俺の肩を叩いた。


「あー。まぁ、実はあおいさんが男性だって知ってる人は少ねぇだろうな」


 あおい、さん。

 俺なんかお姉さんの名前すら知らなかった。

 まして性別が見た目と違うだなんて、想像できるだろうか。


「ルキは知ってたのか?」

「おぅ、なんか腰回りの骨格が男性っぽいなぁと思って前に聞いてみたからな」

「知ってたならなんで……」

「本人から聞くべき内容だと思うし、狭間のモチベーションが下がる可能性もあったからよ、あえて黙ってた」

「ぐぬぬ」


 たしかにそうだ。

 こういうナイーブな問題は本人以外から聞くべきではないし、もし俺が聞いてしまっていたら大会優勝への気持ちを保てたか分からない。


「そんなわけだから、2つ意味でごめんなさいだったの。それとも男性でも好きでいてくれる?」

「んんんもももちろんですよ、はは」

「ふふ、嘘つき♪あでもこんなことでミニ四駆辞めたりしないよね?」


 お姉さんとルキと、会場側からも視線を感じる。


「もちろん、辞めたりしませんよ。チャンピオンズになれましたし、今後は維持できるように頑張りたいです」


 タミヤ公式大会チャンピオンズは永久資格ではない。

 今後の公式大会のチャンピオンズクラスに出場し、そこで勝たないと1年でタイトル没収されてしまう厳しい世界なのだ。


「それならよかった。それにわたしなんて相手にしてるより、もっと見るべきものがあるんじゃないのかな、ねぇ、ルキちゃん?」

「えっ?なっ!?う……」


 なぜそこでルキに振る。

 よくわからんが、まぁそれでも告白できたのは嬉しかったし、これで次に進めるとも思う。


「ジーン、ちょっとこれこれー!」


 会場側にいたレイが駆け寄ってくる。


「何かあったのか?」

「落ち着いて聞いて欲しいんだけど……いまここで起こってること、Youtubeで中継されてるんだよ」


 あー、なるほど、タミヤ公式のストリーミング配信ね、見たことある。

 表彰式も配信されてるんだ、へぇー。

 へぇー……。


「……もしかしてこの告白玉砕シーンが全国のお茶の間に放送されてるのか?」

「全国というか全世界ね。ほらこれ」


 レイのスマホに目をやると、俺の垂直お辞儀シーンがアプリ上で見ることができた。


「大阪のレーコからもLINE来てて、めっちゃウケてるよ」

「あぁぁぁぁぁ……」


 穴があったら飛び込んで地球の裏側まで行きたい。

 地殻熱でそのまま蒸発したい。


「でもお兄ちゃんにはあたしらがついてるからねー心配いらないよー」

「あ、わ、私もいます!師匠にはまだまだ教えて頂きたいことが山ほどあるので」

「まだまだわたし達に付き合ってもらわないと!これからも頑張ってね、ぶーちょう♪」

「まっ、そう言うこった。これからもよろしくしてやんよ」


 ハクが俺にフランクフルトを差し出し、レイとトモ、ルキが口々に俺を慰める。

 そんな様子を見て、お姉さんが嬉しそうに笑った。


「うふふ、みんないい子たちじゃない、わたしなんか追っかけてるより、ずっと楽しそう」

「はは、いえ、うん。……ま、みんな、お手柔らかにたのむよ」


 ここから俺の新しいミニ四駆ライフの始まり、になるのかな。


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「みんなーお待たせー」


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解説:


・タミヤ公式ストリーミング放送

タミヤのYoutubeチャンネルでみることができます。

過去分もアーカイブがあるので、見てみると勉強になります。

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