第52話:AQUA

「行くぞ準決勝!」


 ハクが買ってきてくれた鶏つくね串で元気100倍だ。

 しかしみんなで準決勝待機場所に向かうと、「彼女」は突然現れた。


「あら、ジンくんも勝ち上がってきたのね!」


 眩しい笑顔、ビル風に揺れるポニーテール、俺の想い人……そう、Gsガレージのお姉さんが出場していて、準決勝まで勝ち上がってきていたのだ。

 いつもお客さんの前では走らせていないが、土井先生が言うには仲間内でも最速クラスで、オーナーのみかどさんとタメを張る実力とのことだ。

 そりゃジャパンカップ出てれば勝ち上がってくるだろうとは思う、が。

 よりによってこのタイミングかよ……。


「ジン、ガレージのお姉さんいるじゃん!ここで勝っちゃえばチャンスなんじゃない?」

「あ、そうだよね、チャンピオンにならなきゃ」

「いやいや、とは言えお前達も手を抜いたりするなよ。真剣にやらなきゃダメだからな」

「オレも手を抜く気はないぜ」

「ああ、それでいい。その上で勝たなきゃ意味がないんだ」


 レイたちに激励される俺を見て、お姉さんは微笑ましそうに首を傾げた。


「すごいわね、今日は女の子いっぱいじゃない?ジンくんもしかしてモテモテなの?」

「な、そそんなわけないじゃないですか、みんな同じ学校のミニ四駆部、仲間ですよ!」

「そうなんですよー、部長やってもらっててみんなを引っ張ってもらってるんです」

「あ、もしかしてお姉さんはミニ四駆の師匠の師匠ということになるのでしょうか……?」

「ふふっ。ジンくん、部長で師匠なんだねwすごいなー」

「ども、お久しぶりっす」

「ルキちゃんも同じ学校だったのね、さすが町田宮、強豪ぞろいって感じじゃない」

「店長さんはどんなマシンなのー?」


 ハクが聞くと彼女は快くマシンを見せてくれた。

 そのマシンを見て絶句する。


「これなんだけど、わかるかなー?」

「こ、これは……アクア?」

「正解!さすがジンくん。でも普通のアクアじゃないのよ」


 シャーシがVZ?いや違う、VSか……?


「あ、これS2です、S2アクアなんですか?」

「大正解!そうなの、S2アクア、こう見えてS2マニアなのよ」


 フレキが絶対に有利な公式5レーンで片軸で決勝に残るだけでもすごい。

 公式5レーンのコースは木製である。

 レーンの繋ぎ目にはわずかな段差があり、マシンは絶えずジャンプしながら走行することになる。

 その点フレキにはサスペンションが搭載されているので、段差の衝撃を吸収しながら走ることができる。

 安定した走りを求めるならフレキ。

 しかしそこを捨てて片軸とは。

 さらにアクアとは驚きだ。

 アクアはホエイルシステムのバージョン2と言われているマシンだ。

 フロントバンパーを搭載せず、マシンサイドにローラーを接続、リアバンパーを後方限界まで伸ばしてセッティングするため、通常のミニ四駆とは見た目が全然違うシルエットとなる。

 しかもS2シャーシは旧式のシャーシであるため、熟練の知識と経験がないとまともに扱うのも難しい。

 ただ、上手くその性能を引き出すことができると、軽さと速さを両立した化け物が出来上がる。

 またアクアは必要な部品と制作作業工数が多いので、作っている人が少ない。

 普通のミニ四駆とはフォルムが大きく異なることもあって、出会えば思わず注目してしまうマシンである。


「S2で、しかもアクアでこのコース完走できるんですか?」

「めちゃくちゃ大変だったけどなんとかセッティング出せたの。今回こそS2で結果残したいんだ」

「ぺったんこなボディだねー、お魚みたいだー」

「ふふ、そうでしょ。ベルダーガって言うんだけど、ぺったんこに乗せると尻尾も合わせてヒラメみたいでかわいいでしょ」

「ほんとだー、かわいいねー」


 女子のかわいいの判別の難しさはとりあえず置いておく。

 それにしても、ベルダーガの強烈な個性、漂うオーラ。

 お姉さんのマシンからは、彼女のこれまでの経験に裏付けられたパワーを感じる。

 心の奥に、このマシンへの畏怖のようなものが湧き立つ。

 本能が言っている。

 これは絶対に速いやつだと。


「レースで当たったらみんな、よろしくね!」

「負けませんよ」

「ふふ、期待してるからね」


 期待……か。

 俺はいつの間にか握りしめていた拳を見つめる。

 優勝からのフィナーレを決め込みたいが、その壁はまだまだ高い。

 お姉さんもすごそうだが、身内だけでも怖い相手ばかりだ。

 それでも、俺はやるぞ!


「では最初のグループ、コースに集まってください」


ーーーーーーーーーー


解説:


・アクア

作中でも解説されている通りのマシン。

走りも独特で、ノーマスダンでも跳ねにくい特性も持っている。

欠点としてデジタルコーナー、ウェーブでの減速が激しいことがあるが、逆を言えばこれらが無いコースレイアウトであれば強さを発揮できる。


・VS、VZ

旧シャーシのVS、それの進化型の最新シャーシがVZである。

VS時代から軽量で丈夫、片軸ショートホイールベースの完成形と言われていたが、VZとなりよりパワーアップ。

初心者にも扱いやすく、バンパーカットも簡単で即戦力になってくれます。


・S2

TYPE系シャーシの最終型になります。

S1シャーシの強化版となっていますが、いろんな箇所が弱かったり、駆動が悪かったりと難しいシャーシになっています。

ただし、セッティングが出せると素晴らしい速度が出せるマシンへと変貌します。


・ベルダーガ

実車タイプのボディでポリカも出ています。

ただ、今は少し入手が難しい感じみたい。

そのまま使ってもあまりかっこよくないのですが、薄くカットしてホエイルに使うと、古代魚のようなシルエットになり、なかなかかっこいいのです。

おじゃぷろ氏のデザイン能力、ほんと素晴らしいです。

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