第47話:かなたかける

「よし、準備が出来たら練習だ!」

「コースセッティングのほうは完了よん。あとは頑張ってみてねん」

「土井先生、ありがとうございます」

「いいってことよ♪じゃあったしは帰るけどしっかりおやりよ、じーんちん!」


 ばしーん

 また背中を叩かれて、俺は口から変な音が出た。


「じゃっはねーん、くーるくるくるー」


 いつものように美しく回転しながら、土井先生は去っていく。

 まるで嵐のような人である。


「だ、大丈夫?ジン」

「いたたた……いっつも容赦ないよな、土井先生は」


 なにはともあれ、これでカルーセル対策ができる。

 絶対に攻略してやる!

 新マシンはまだボディも乗せていないが、とりあえず走らせてみる。

 しかしカルーセルどころか、アイガー下りがすでに難しい。


「うぉ、下りが全然入らないぞ」

「フレキ硬すぎじゃね?可動は少なく柔らかく、そして減衰させんと無理だぞ」

「ぐぬぬぬ」


 ルキの言う通り、フレキの調整不足だ。

 通常のスロープなら問題ないが、アイガー下りとなると高さがあるので着地が難しい。


「うふふ、でも速度は出ているからフレキ次第で良い走りができるようになるわ。さすが我が君」


 そんなマイスターちゃんの一言に反応したのが、レーコである。

 

「……あんさん、今『我が君』言うた?」

「ええ、彼はわたくしのフィアンセに相応しいと思っているわ」

「……ほぉん?『思うとる』ってことは、事実はそうやないねんな……?」

「ええ。でも近いうちにそうなるわ」

「それは……どないやろなぁ」

「あら、どういう意味かしら……?」

「言わんと分からんのかのぅ……?」


 なぜか二人が再び睨み合う。


「ま、待ってくれ。何だか分からないけど合宿するならみんな仲良く楽しくやろう!」


 俺が焦って間に入ると、二人は「(我が君が/あんたが)そう言うなら」と矛を収めた。

 うーん、女性同士の諍いは見ていて心臓に悪い。


 続いてレイの新マシン。

 土井先生直伝のフレキのおかげで降りは入っている。

 しかし今度はアイガー上りで飛び出す。


「ここも難しいよ!ストレート全然ないじゃん!」


 するとレーコが「しゃあないのぅ、ウチが手本見せたるわ」とレイスティンガーをコースに放った。

 カルーセルも安定して抜けていき、あっさり完走してみせる。


「さっすがチャンピオンズ!やるじゃん」

「まぁこれくらいならな。ここから電圧上げるとまた難しくなんねん。ほんま難儀やで」

「じゃ今度はあたしねー」


 ハクのソニックが走り出す。

 現状ライトダッシュなので速度はでていないが、アイガー上り下りは安定している。

 しかしここでカルーセルの魔の手が襲いかかる。

 入り口で左方向に急転換されたマシンが鋭角に壁に激突しカルーセルの右側の空いたスペースに放流され。


 がんがんがんがんがん


「あわわわ、止まってー」


 カルーセル内を跳ね周り最後は逆走、アイガー上りを下って飛び出す始末。


「この速度でも跳ねたらこれか」

「これはたいへんだー、ピポピポじゃ無理かもー」

「ピボットは繊細な調整が難しいものね。でもハクさんのマシンにはスラダンを乗せるのは厳しいかしら」

「そうなのー……どうしよっかなぁ」


 ハクがマシンを回収すると「あ、私も行きます」とトモが新しいスラダンを載せたマシンを取り出した。

 彼女が設計したスラダンは左右独立して可動するので、左右でセッティングを変えられる。


「えっと、右側を柔らかく、左側はグリスを硬めにして動作を重くしています」

「お、それなら正解の1つや、よぉわかっとんな」


 カルーセルの入り口に柔らかく当たり急激な方向転換をせず、左壁に触れてからは減衰を効かせてゆっくり戻す。

 上手くカルーセルを攻略できている。


「すごいじゃんトモ、1発で行けたね!」

「あ、うん、これならなんとかなりそう」


 トモのマシンは安定している。

 問題点があるとしたら、まだ速度が乗り切れていないということだろうか。

 初めての両軸マシンだから慣れていないのかもしれないし、モーターの育成が完成していないのかもしれない。


 ひと通り試走が終わり、それぞれマシンの改善点が洗い出されることになった。

 アドバイスや意見交換が終わると、「じゃここいらで1つ、提案あるんだけど」と、ルキが真面目な表情で喋り出した。


「ジャパンカップは個人戦だ。つまりここにいる全員が敵とも言える。ある程度までの制作、アドバイスはみなでやるが、最終調整は各個人でやるのがいいと思う」


 なるほど、それは確かに、だ。

 仲良しこよしでは始まらない勝負の世界だ。


「確かにそうだな、直接対決する場面だった出て来るはずだ。そこで戦力がわかってしまっても面白くない、やっぱりみんなと勝負したい」

「そうだよね、わたしもみんなと勝負したい!ここまでで得た知識でどこまで行けるか試したいもん」

「あたしもちょっと怖いけどやってみたいなー、競争っこしたいー」

「あ、そうであれば今日までは情報共有しながら、明日は自分で考えながら試して。合宿終了後はガレージにコースが移るから、個人個人で調整して本番に挑む、そんな感じでどうでしょうか?」

「よっし、それでいこう。狭間、いいよな?」

「あぁそうしよう。みんなの本気と闘ってみたい」


 部屋に戻り各自で制作、意見交換、調整、そして試走を繰り返す。

 レーコもマイスターちゃんも、他校の人間だというのに快くアドバイスをしてくれた。

 そしてみんなのマシンの方向性がだいたい決まった。


 夜、レーコが「抱き枕を忘れてきてもうたわぁ」と俺の布団に潜り込もうとした事件はあったが、それは無事に阻止できたのでまあ良しとしよう。

 マイスターちゃんも「あっ、あら、わたくしも忘れてきてしまったわ」となぜかそこに乗っかろうとしたが、ハクに「おにーちゃんは変質者はキライなんだって」と言われ、二人揃って撃沈したのである。

 抱き枕がなくて眠れなくなってしまっても大変なので、レーコとマイスターちゃんには二人で抱き合って眠ってもらうことにした。

 なんか「ぐぬぬ」とか言っていたけど、きっと良い睡眠が取れたことだろう。


 翌日からは個別で作業し、試走しながらブラッシュアップを繰り返す。

 見ていた感じだと全員安定して完走は出来てきている。


「ねぇジン、ちょっとだけ聞いていい?」

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