第44話:テルマエロマエ

「ふぅ……」


 いつの間にか冷えていた身体が、じんわりと温まっていく。

 やはり風呂はいいな。

 しかしここの風呂も変わらないな、昔はプールみたいだー!と騒いで泳いだりしたもんだ。

 風呂の壁を蹴って端から端まで、すぃーって感じで。

 よくルキと競争したもんだ。

 当時は母親達とも一緒に入ったりで、それでもなお余裕があるくらいの大きなお風呂場なのだ。

 ……そうか、お風呂一緒だったわ。


「お湯加減は大丈夫かしら?」


 おばちゃんの声が扉の向こうから聞こえた。


「はい、大丈夫ですありがとうございます」

「それはよかったわ、では」


 ガチン


 では?

 なにが「では」なのか分からない。

 しかし、その声を合図に風呂の扉が開け放たれた。


 がらがらがらー


「やっほーーー」

「おにいちゃーん」

「あ、どうも……」

「おりゃー」


 4人が風呂に乱入してきて、俺は一瞬硬直した。

 だって、女子が風呂に……いや、全員水着着てるけど。

 俺は頭に乗せておいたタオルで前を隠すのが精一杯の反応だった。


「なんなんだよおまえら!いくら水着だからって男子の風呂に飛び込んでくるとは何事だ!」

「いやさ、待って待って待って!」

「何をだよ!」

「私たち女子四人は静岡大会のときにめっちゃ仲良くなったの!ホテルでみんな同室だったし、遅くまで喋ったりお風呂入ったりしてさ!でも、これじゃジンだけハブじゃん?って思ってさ」


 仲良しもハブも関係あるか!

 そこに男の俺が入ってたら変だろうが!


「ジンがいろいろ考えてくれてさ〜、なのに肝心なときに一緒じゃないって寂しくない?ってみんなで相談してさ」

「それでね、みんなでお兄ちゃんの背中を流してあげよーってことになったのー!」

「あ、なのでお背中流させてください」

「って感じで、どうよ?なかなかのサービスだろ?」


 どゆこと?

 こいつらちょっとおかしくない?

 それとも俺、男として認識されてない?

 いや、レイ、トモ、ハクが無垢な顔をしているのに、ルキだけは面白そうにニヤニヤと笑っている。

 こいつ分かっててやってるな?

 

「ん?どしたの?」


 レイはピンクのビキニで一番露出度が高い。わかってはいたがスタイルがグラビア雑誌の人みたいだ。


「お兄ちゃん顔真っ赤だよー?」


 ハクはフリルが付いた黄色いワンピース型の水着。


「あ、あんまり見ないでください」


 トモは学校指定のスクール水着だが、近くで見るとやはり水着であることは確かで。


「どうよ?オレも昔より成長しただろ?」


 ルキはあり得ない場所にスリットが入った黒の水着。

 成長どころか身長も俺とほとんど変わらないくらいだし、足の長さとかすごいな。

 服着てるとこういうことは分かりにくい……ってちがーう!!


「お気遣いはありがたい。ありがとう。しかし!これは流石にこれはやり過ぎだ。……つか鍵掛けてたのに」

「あ、ルキちゃんのお母さんが開けてくれました」


 おばちゃんまでグルか!


「うちの母ちゃん、前からこんな感じだったろ?」

「言われてみればそうだが……年頃の娘さんの柔肌を晒すとかどうかと……」

「つか水着着てるしいいっしょ。でさどうよこの水着!新しいの買ったけど今年の夏着れなかったんだよね。どう?ピンクかわいくない?」

「あたしのもおニューなのー。ふりふり付いいててかわいいのー」

「あ、私は学校のしかなくてごめんなさい」

「いや男ってのはスク水好きが多いらしいぞ?なっ、狭間」

「いやみんな素敵です……いやそうじゃなくて……いや、いやいや……ぐぶぐぶ……」


 ……と、俺の記憶はここまで。

 みんなが「ぎゃー!ジン(お兄ちゃん・師匠・狭間)が死んだ!」と叫ぶのを聞いた気がする。

 どうやら湯当たりしたらしく、気づいたらベットの上だった。


「あ、気がついたみたいです」


 ちょうどトモが俺の冷えピタを取り替えてくれたところで、こちらを覗き込む瞳が不安そうに揺れていた。


「お兄ちゃん……大丈夫?くらくらしない?おばちゃんがね、アイス用意してくれたよ。食べる?」

「おお……、うん、ありがとう」


 おお……、食いしん坊のハクがヒトに食いモンを分けてくれるなんて……。

 俺はゆるゆると身体を起こすと、あたりを見回した。

 よかった、四人とも水着ではなくちゃんと服を着ている。 

 ぱちり、ルキと目が合った。

 すると彼女はバツが悪そうにそっぽを向いて、小声で「オレも悪ノリしすぎたわ」と呟いた。

 しかしそこで空気を読まないのがレイという女である。


「あっはは、ジン、大丈夫?も〜心配したんだからぁ」


 こ……こいつ……誰のせいだと思って……。

 レイがあまりにもケラケラ笑うものだから、俺は怒りで頭がくらくらした。

 

「て……てめぇ……、もう男子の風呂に乱入なんてすんじゃねぇぞ……」

「え、どしたん?」

「うるせー!セクハラだろうが!今はこういうのに厳しい時代なんだからな!言い出しっぺはお前だろうが!反省しろ!」

「え〜……そんな怒んなくても……」

「男女逆で考えたら許されないだろーが!エロ!スケベ!変態!」

「やだっ!女子高生に変態の称号まじキツい、ごめん!ごめんなさーい!」

「もうやるなよ……?またやったら露出狂って呼んでやる」

「イヤーッ!反省してます!もうしません〜!」


 分かってくれたなら良い。

 ほんと、女の子なんだからもうちょっと気をつけんしゃいね!

 

 レイから謝罪を引き出すと、俺はやっと冷静になった。

 見渡すともう部屋には人数分の布団が敷いてある。

 俺は自分がルキのベッドを占領していることに気付く。 

 慌てて起きあがろうとするのをルキが優しく制した。


「ごめん、俺がベット使っちゃって」

「いいよいいよ、気にするな。今日はそのまま寝てなって」

「すまん……」


 ん?つかシャツとパンツ履いてるな……

 おばちゃんが着せてくれたのかな、深く考えるのはよそう。


「んでさ!やっぱお泊まり会といえばさ、怪談か……」


 レイはもう調子を取り戻したようだ。

 すごく楽しそうだが、なんとなく次の展開は読めている。


「恋バナっしょ!」

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