第36話:火の鳥(復活編)
「左右のアライメント?」
アライメントというのはタイヤのセッティングの整合性についての考え方のことだ。
しかし三点接地などにもなっていないし、そんなことが起こり得るのだろうか。
……いや、あるか!?
早速電子ノギスで全てのタイヤ径を計り直す。
するとなんと、右のタイヤは前後とも23.3mmとそろっているが、左側はフロントが23.1mm、リアが23mmとチグハグなセッティングになっている。
口から乾いた笑いが出た。
「は、はは、これじゃ真っ直ぐ走るわけがない」
部員のみんなには大きな口を叩いておいて、自分のマシンがこんな欠陥マシンだったなんて。
正直、穴があったら入れて欲しい。
そしてそのまま埋めて欲しい。
「フレキが優秀だとシャーシが吸収して3点接地にならないし。同じコースでずっと練習してるとタイヤの削れ具合の差に気づきにくいの」
「……ダメダメじゃないか」
「そうね、ダメダメね。でもやることが見つかったじゃない。だとしたら次は?」
「次……」
優しく微笑みかけてくれているが、語り口調は厳し目だ。
俺の次の言葉に期待している、そんな風に聞こえる。
俺はぐいっと涙を拭った。
「やるべきことが見つかったなら、あとは行動、です」
「はい、良くできました♪」
皇さんは満足そうに頷くと、俺の頭をポンポンと優しく叩いた。
石鹸のようなレモンのような、爽やかな香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
「一応他も見てみたけど、ターミナルの強度も落ちてるみたい。レース本番は出来る限り新品を卸した方がいいよ。接点圧ってほんと重要だから」
な、なるほど。
走行前に綺麗に掃除はしていたが、新品を使う、なんて目から鱗だ。
考えてみれば当然だが、速いレーサーはみんなやっているのだろうか。
というかこのオーナー、ミニ四駆ショップのオーナーとはいえ詳し過ぎないか。
普通はパッと見でアライメントの0.1mmの差なんて気づかないと思う。
「アドバイスありがとうございます、ちょっとやる気が出てきました」
「よかった♪じゃお姉さんから1つプレゼントをあげちゃおう」
そう言うと、彼女はモーター売り場のほうに行き、何やら物色し始めた。
「うーん、これが光ってるかな、うん」
モーターを1つ、手渡される。
「はい♪」
「これは?」
「これは今お店にあるマッハで1番光ってるマッハだったの。だからこれ、騙されたと思って使ってみて」
光ってるマッハ?見た感じ何の変哲もないマッハダッシュモーターだが。
「あのこれ……」
「お代はいいよ、知り合えた記念に受け取って」
「でも……」
「後輩には頑張ってもらいたいしね。あ、ヤバい時間だ、行かなきゃ」
そういうと奥の方から書類を持ってキャリーに詰め込み、皇さんは挨拶もそこそこで出ていってしまった。
「いったいなんだったんだ……」
呆けていると買い出しからショップのお姉さんが帰ってきた。
「よいしょっと……あれ、オーナーこなかった?」
「はい、なんだか書類持って急いで出ていってしまって」
「もー、ほんとせっかちさんなんだから」
「あのオーナーって、どんな人なんですか?めちゃくちゃミニ四駆に詳しくて、いろいろ教えてもらってしまって」
「あぁ、皇みかどさんって言ってここのオーナーなんだけど、プロのラリーレーサーでパリダカ参戦もしてる人なのよ。日本人女性初のパリダカレーサー、すごいよね」
何も知らずに言葉を交わしたけれど、とんでもない人だった。
そういえばあの微笑み、ニュースでみたことある気がするぞ。
「レーサーだから車に詳しいんですかね」
「彼女、高校生のときにジャパンカップ制してチャンピオンズになってるし、そりゃ詳しいわよ」
さらにおったまげである。
パリダカ参戦レーサーでありミニ四駆の元チャンピオンズなんて。
「そういえばこれをもらってしまって」
お姉さんにマッハを見せる。
すると彼女は俺が思った以上に驚いた。
「えーーー!もしかして光ってるって言ってた?」
「そういえば言ってました」
「やばいよそれ、回転数調べてみて」
お店の安定化電源を借りて回転数を調べてみると。
「……38000回転!」
慣らしていないマッハなのに、今の俺の1軍モーターより回っている。
「ほら、超当たりモーターじゃん!さすがだわ」
「どういうことなんですか?」
「彼女、モーター見ただけで当たりモーターを判別できる、ミニ四駆以外じゃなんの役にも立たない能力の持ち主なのよ」
走らせもせずに早いモーターを見抜ける?
んなアホな。
しかし目の当たりにしてしまうと否定もできない。
ウィーン
再び自動ドアの音がして振り返る。
そこには俺の仲間がいた。
「あ、やっぱりここにいた」
ーーーーーーーーーー
解説:
・アライメント
ホイール、タイヤの整列具合のことで、ホイールの向きや角度などを調整して揃えることを指します。
ミニ四駆の場合は真っ直ぐ回るか、径は揃っているか、などを指します。
特にミニ四駆はサスペンションがないので、径が揃っていないとガタガタになってしまいます。
ただ、MSフレキは擬似サスペンションでもあるので、アライメントの狂いを吸収してしまうことも。
今回はそのケースに当たります。
・パリダカ
「世界一過酷なモータースポーツ競技」とも言われているラリーレースのこと。
元々はフランスの首都パリをスタートし、セネガルの首都ダカールでゴールするという形で主にアフリカ大陸で競技が行われ、パリ・ダカール・ラリー(Paris-Dakar Rally、日本での略称「パリダカ」)の名称が使用されていた。
・38000回転
マッハダッシュは推奨負荷トルク時の回転数が20000〜24500回転といわれていまずが、無負荷で3Vで回すと、大体32000〜42000回転くらいになるかと思います。
38000回転を開けポン(購入直後)に出ることはなかなかないと思います。
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