第35話:37.5°Cの涙

「はぁ……」


 町田の寒さが骨身に染みる。

 静岡が暖かかった分、ここの木枯らしはこんなに冷たかったっけと驚くぐらいだ。

 いや、神奈川と静岡の気温差が問題なんじゃない。

 大会で突きつけられた現実の冷たさに、心が風邪をひいてしまったのだ。


 ここはGsガレージ24。

 大きな5レーンのミニ四駆コースを所有する人気のミニ四駆ショップ。

 俺のホームである。

 俺は学校をサボり、飲んだくれのようにコーラをガブ飲みしていた。

 やけ酒ならぬ、やけコーラである。


「ごくごく……うっぷ……。はぁ……」


 選手権は全国3位という結果に終わった。

 十分、誇らしい成績であると思う。

 だがしかし。

 準決勝、相手は強豪である愛知の良所高校。

 初戦は相手のコースアウトでハクの完走勝ち。

 次鋒戦でルキがやはり不調でコースアウト負け。

 大将戦は俺に任された。

 速度のノリも好調で最初は突き放していたように見えた。

 しかし周回を重ねるごとに差が詰まり、最後のバックストレートで抜かれて負けた。


 そう、俺はまた負けたのだ。


 その後、3位決定戦ではレイとトモが勝ち抜け、結果が3位となったわけだが。


「負けたのは……俺のせいだ……」


 この練習コースでは部の全員のマシンと互角以上にやれていた。

 実質、速度だけなら1番出ていたはずだ。

 それでも勝てなかった。

 良所高校のやつらは決勝で新橋高校と走り、完敗だったと聞く。

 つまり町田宮が決勝に出られていたとしても、新橋高校には勝てていなかった可能性が高いわけだ。


「何がそんなに違うんだ……モーターや電池の育成……?ローラーの脱脂のやり方……?」


 何をどう考えてもわからない。

 これだけやってダメだと心が折れる、正直諦めたい。


「はぁ……もう無理なのかなぁ……」


 ウィーン


 自動ドアが開く音がして、俺は反射的にそちらを見た。

 平日昼間に客?

 いま店は営業時間外で、お姉さんに無理を言って入れさせてもらっている状態なのに、他にも人が来るだなんて。

 彼女も客がいると思っていなかったのか、大きな瞳をさらに見開いた。


「ん?お客さんかな?」

「……どぅも」


 ショートカットが涼しげで、小麦色に焼けた肌が健康的な、活発そうな女性だ。

 白いパンツスーツにキャリーバック、会社に向かう格好としては少し華やかすぎる気がする。

 俺が訝しげに見ていたせいか、彼女はにっこり微笑んで名乗ってくれた。


「あたしはこの店のオーナー、皇です」

「オーナー……」


 そういえばお姉さんは雇われ店長で、この工場跡地のオーナーは別にいらっしゃるとのことだった。

 それがこの人か、女性だったとは。


「お、手元のミニ四駆。それは君のマシンかな?やってるねー」

「はは……ありがとうございます」

「……あれ、何か悩み事かな?」


 俺の気鬱は簡単に見抜かれてしまった。

 人と喋る気分ではなかったのに、するりと弱音が口をついて出る。


「どうやっても……ミニ四駆で勝てなくて……もう何をどうしたらいいのかわかんなくて……もうミニ四駆なんて……」


 見知らぬ人だからか、話しやすそうな雰囲気の人だからかはわからない。

 しかし一度話し出してしまったら、心の声が溢れて止まらなかった。


「俺のせいでチームが負けて、でももうこれ以上できなくて、どうすればいいのか……俺……」


 ぼろり、涙がこぼれる。

 恥ずかしくて情けなくて、急いで目尻を拭うけれども、それは簡単に止まってはくれなかった。

 そんな俺に、女性は快活に笑いかけた。


「もうやれることがない、なんてことはないよ」


 マシンを見ながら皇さんは語り出す。


「……このマシン、左右のアライメント狂ってると思う。たぶん真っ直ぐ走らないんじゃないかな」

「左右のアライメント?」


ーーーーーーーーーー


解説:


・モーターや電池の育成

モーターも充電池も基本的に使えば使うほど速くなることが多い。

強制的に育成することも可能だが、普通にコースを走らせて、充電して、を繰り返すだけでも十分速くなります。


・ローラーの脱脂

正確にはローラーに使用されているベアリングの脱脂です。

ベアリングは回転効率が高く摩耗に強いのですが、錆びやすいので内部にオイルが注入されています。

このオイルを抜くことで、抵抗をなくし高速回転できるようになります。

これを脱脂といい、やり方はいろいろあるので調べてみてください。

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