第3章:俺と涙と全国大会
第23話:アフロ田中
「……あれれー、ルキちーーーん!」
体育教官室の奥にいた男性が立ち上がる。
デカい、マッチョで褐色の肌、そしてピンクのドレッドヘア。
こんなヤツが先生なのか……ピンクの髪型は教職員としてどうなんだ?服務規定は存在しないのか?
ルキは疲れたように苦笑する。
「……な、ちょっとアレだろ?」
「ちょっとどころの騒ぎじゃないだろ」
「なになになにどしたのどしたのー?クールビューティー冴え渡るルキちんがこのあったしに用事だなんてめっずらしーんじゃぁないのぉ?」
なんだこのめんどくさい喋り方は。
彼はこの身なりでお姉系らしい。
甲高い声に少し頭が痛くなる。
「土井先生、前にミニ四駆やってたって言ってましたよね。最近、ミニ四駆部を立ち上げたんですが」
「知ってるわよ〜!全国行き決めたんでしょすっごいじゃない!って言うかあったしここのミニ四駆部のOBなのよー」
「な、なんだと……」
過去に存在したミニ四駆部があったとは聞いていたが……OBがいたとは。
「じゃ先生もレーサーだった、と」
「そうよー♪最近は忙しくって触れてないけどまだ現役で走れるマシンも持ってるわ。うちJCJCもあるし」
とんでもない先生がいたものだ、家にコースがある時点でガチ勢と呼んでもいいんじゃないか。
「その全国大会出場するのに顧問が必要らしいんです」
「あなーるほどそこでこのあったしに目を付けたってわけね。いいわよ引率してあげるわん」
「ほんとですか!ありがとうございます!」
「じゃ放課後に一度体育教官室にきてちょうだい。その後部室に案内してもらえればいいわん。その前にあったしのマシンも家から持ってきておくわね。みんなたちの実力を見ておきたいから……あったしが顧問なんだもん♪ゴシゴシしごいちゃうから」
「あ、ありがとうございます、よろしくお願いします」
「んもぅかたっくるしいわん。もう少しラフな感じでいいわよ?」
「と言われても、一応先生ですし……」
「んっふふ。新任にして早くも顧問と慕われるあっ・たっ・しっ……トレビアンだわん」
新任教師ってことは大学卒業したばかりってことか。
どうやら俺たちとそこまで年齢は変わらないようだ。
「新任の先生でも顧問って大丈夫なんですか?」
「大丈夫よぉ。ここの理事会には顔が効くしなんとかしてくれると思うわ」
理事会に顔も効く、やはりなんだかタダものではないようだ。
一通りの話をつけて廊下に出る。
「……っはぁ……なんなんだあの先生、いや先生なのかほんとに」
「授業はしっかりやってるよ。ただやっぱりなんだ、あの喋り口調と存在感でかなり浮いた存在になってるぜ」
もしかしたら、いやもしかしなくてもとんでもない人物を巻き込んだのかもしれない。
だがしかし、これで全国大会に出場はできる、はずだ。
放課後。
体育教官室に寄ると土井先生が室内でくるくると回転しながら待っていた。
バレエの基本、ピルエット。
右足を高く上げ、体軸をぶれさせずに回転させる様は見事の一言に尽きる。
しかし、素直に褒める気持ちが湧かないのはなぜだろう。
「くるんくるんくるん……ってあらあなたたち来てたの」
「来てたのって……。はい、とりあえず部室に案内します」
「よきにはからいなさぁい♪」
よくわからない人だが、手に持ってるマシンはMSシャーシだ。
「先生、それってMS……フレキシブルですか?」
「あらしっかりこのあたりがわかるのね。そうよMSフレキ。軸落としで減衰ゴムを仕込んでるタイプよ」
思った以上に本格的だ。
やはりこの人、ガチ勢だ。
部室に案内し「ここです」と指差すと、彼はそれと同時に回転しながら勢いよくドアを開けて室内に飛び込んでいった。
がちゃん!ばーーんっ!
スライドドアの音が響き渡り、室内のレイたちの視線がデカいドレッド男に注がれる。
おお、どうやら今度はサンバの回転のようだ。
回転にもいろんな種類があるのだなぁ(現実逃避)
「はーいみんなたちーーー⭐︎ごーるっど……はりけーーーん♪」
「不審者だぁーーー!!」
髪を逆立てて悲鳴を上げるハク。
トモは……いつのまにか教壇の下に潜り込んで身体を強張らせている。
レイは防犯ブザーを鳴らそうとしていたので、俺が速やかに止めに入った。
「不審者だなんてしっつれいしちゃうわ⭐︎こう見えても健全な肉体と精神を兼ね備えた新任体育教師なのよぉん♫」
「もももも、もしかしてこの人が顧問の先生!?うそでしょ?!」
「あ、あ、あ……」
「すごい!頭がピンクでマッチョででっかい!動きが変!アッパー方向にラリってる!近づいちゃダメな感じのおとなだー!」
まあ、言動が……ちょっとね……。
外見のことをとやかく言うのは良くないとは分かっているが、ピンクのドレッドに筋肉質な身体はかなりの迫力がある。
一般の女子高生に警戒されるのもむべなるかな。
「お聞きなさいガールズ。あったしが顧問になってあげるんだから大船?豪華客船?タイタニックにでも乗った気でいるといいわん」
「あ、タ、タイタニックは沈んでしまいます……」
「あらそうだったわね……まぁそんなことはどうでもいいの。とりあえずみんなたちのマシン見せてみなさいよ」
土井先生がカモンカモンと両手を広げる。
少し躊躇ったり警戒したりしつつも、みんなおずおずとマシンを机の上に並べた。
それらを1台1台眺めながら、土井先生が語り出した。
「このピンクちゃんC-ATなのね。実物初めてみるけどすっごくよくできてるじゃないの。こっちのソニックは簡単改造で走れる感じかしら。ホエイルっぽいマシンになってるのね。黒い子……なにこれノリオ?またマイナーな……げ!シャーシがグラファイのTZなんて激レアどこで手に入れたのこれ……。んでこっちはATスラダン?いやこれG-System?ウソでしょみんな普通にガチマシンじゃなーい何これヤダおったまげ!」
こっちがおったまげだ、完璧にわかってらっしゃる、うん、こりゃガチ勢だ。
「んであなたが部長なのね。マシンはアンカーホエイル……ほんとおもしろいマシンばかり集めてるじゃないの」
「ありがとうございます、ほんとに詳しいんですね」
「んまぁこの辺りいろいろやってる人たち見てきてるしね。あんそうだわあったしと少し勝負してみなさいよ」
「え、ここでですか?」
「その後ろの飾りじゃないでしょっコースわっはっはぁーん♪」
うわぁめんどくさい。
いやでもレース自体はめんどうなわけではない。
この人の実力を見てみる良い機会だ。
「いいですけど、ここ俺的にはホームコースですし有利過ぎますけど大丈夫ですか?」
「まぁ大丈夫だと思うわん……見た感じめんどくさいのは降り1枚着地1箇所。であればこの子でも走れるかな」
「この子?」
先生は持ってきたマシンをテーブルに放り投げる。
空中で回転する機体を見て、俺の身体が粟立った。
ジャンプしたマシンがうまくコースに着地できず、そのままコースアウトするシーンが頭に浮かんだからだ。
「あぶない!」
レイが叫ぶのも束の間、マシンは天井付近で回転を止め、そのまま弧を描くようにテーブルの上に着地した。
さしゅっ!
それはマシンがテーブルに吸い付いたかのようだった。
「……なにこの気持ち悪い着地」
部員全員が水を打ったかのように静まり返った。
それほど音もなく、跳ねもせずに着地してのけたのだ、このマシンは。
「あなたたちも使ってるそのMSフレキと同じものよ」
「いやここまで微動だにしないフレキ、見たことないです……」
「あらそう?まぁいいわとりあえず部長くん勝負しましょう!」
「……わかりました」
俺のマシンは予選大会と同じセッティング、ハイパーダッシュに超速ギア、タイヤ径は23.5mmと小さめ。
しかし土井先生のマシン、タイヤがさらにとんでもなく小さい、これレギュレーションぎりぎりの22mmジャストなんじゃないか。
プラボディのダンシングドールだけどめちゃくちゃ軽量化されていて、ポリカと同等の重量になってる可能性がある。
いや、マスダンがショートスリムのみ、ということはボディの重量も使ったフロントヒクオになっているのだろうか。
「あ、それじゃ私がスターターやります」
「たのむよ、トモ」
「お願いしちゃうわん♫」
2台がスタートグリッドに並ぶ。
余裕の笑みを浮かべた土井先生の横顔。
お手並み拝見といこうじゃないか。
「あ、それでは……レディ……ゴー!」
「さぁ、舞うのよDD!」
ーーーーーーーーーー
解説:
・減衰ゴム
フレキはそのまま作ってバネだけを入れると、バネなので反発して逆に跳ねてしまう。
グリスなどで動作を制限するのだけど、グリスは時間が経つと切れてしまう。
そこで、Oリングというゴムパーツを薄く削り、バネの入る支柱に入れ込むことで動きを減衰させる、これがショックアブソーバーとなりサスペンションが完成する。
このゴムパーツを減衰ゴムと呼んでいます。
・ダンシングドール
ダッシュ四駆郎で登場したダッシュ4号機のこと。
使用者は皇リンコ。
真っ赤なボディ、背部に過給用ラジエーターを搭載している。
コーナーリングが得意とされているが、あまりそういう描写はなかった記憶w
・レギュレーション
マシンをどこまで改造していいかはその走行会でのルールで決まっています。
それがレギュレーションで、一般的にはタミヤレギュと言われるものが使用されています。
https://www.tamiya.com/japan/mini4wd/regulation.html
他にも、BーMAXレギュ、TAREKAレギュなどいろいろあります。
・ショートスリム
もっとも小さなマスダンパー。
重量は1gしかありません。
メインの補助的な使い方が一般的かと。
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