第19話:ドラゴン拳

「いっけー!そぉーにぃーっくー!」


 ハクが天に拳を突き上げ叫んだ、その時。


 がんっ!こーーーん……


「ふぇっ?」

「「「「あっ……」」」」


 レーンチェンジの衝撃でソニックのフロントタイヤがホイールごとはずれてしまった。

 3輪状態でも走れてはいるが減速が激しい。

 あっという間に追い抜かれ、マイスターちゃんの勝利に。


「あぁぁ……」


 ハクはその場にぺたんとへたり込んだ。

 勝ちが見えていた分、さすがにぐんにょり来ているようだ。

 マシンを回収してよくよく見てみるとかなり走り込んだ跡がある。

 ホイールを何度も調整して、シャフトの抜き差しをし過ぎたんだな。


「ハク、このマシンすっごく頑張ったんだな、ボディのシールも所々ボロボロだし、何度もタイヤの調整したんだろ?」

「うん……でもやっぱしあたしなんかじゃ無理だったのかなー……」

「なんかってなんだよ。お前だからマイスターをここまで追い込めたんだぞ」


 しまった、少し語気が強くなってしまった。


「おにぃちゃん……えぇーーん!」


 ダムが決壊したかのように涙をボロボロこぼし、ハクは俺に勢いよく抱きついた。

 中腰だった俺は尻餅をつく。

 宥めるように頭を撫でていると、マイスターがこちらにやってきた。


「詰めが甘かったわね。とはいえ、このわたくしを脅かすなんて、なかなかやるじゃない」

「うぐ……」

「ひよっこなんて言って悪かったわ、これからはライバルの1人として認めてあげる」

「……」

「学校も近いし、今度遊びにいらっしゃい」

「……うん、ありがと……」


 マイスターちゃんの微笑みにはレース前の高慢さはなく、敬愛のようなものが籠っていた。

 ハクもそれを感じ取ったのか、素直にマイスターちゃんの申し出を受けている。

 いつの間にやら涙も止まったようだ。


「おにいちゃん……あたしも速くなりたい。もっとがんばるから……また改造教えてください!」

「おぅ、みんなと一緒に速くなっていこうな!」

「うふふ、仲良しなところ悪いけど、次の勝負は何方がお相手かしら?」


 マイスターのほうを見てみると2人の従者の片方、ガタイのいいほうがこっちを睨んでいる。


「よっしゃ!じゃぁいっちょ揉んでやるよ」


 ルキがやる気だ。

 ……ルキがやルキ?へへっ、我ながら面白いが言ったら殴られるのが見えているのでやめておこう。


「ここは負けられない勝負だ、頼んだぞ」

「言われんでもわかってるよ。ここはオレに任せな。ハクの走りでだいたいのコース感は掴めた」


 先程の一戦でわかるとは、さすが町田最強なだけある。


「わたくしのところの佐藤もなかなかのやり手。そう簡単に行きますのかしら?」


 そう言われ前に出る佐藤。

 手にあるマシンはMSフレキのファイヤードラゴン。

 しかし大径ホイールだ。

 このコースには不向きに見えるが。


「青い稲妻、名前は聞いている。あのサンドラと走れると聞いて心踊る。よろしくお頼みいたす」

「おぅ、相手してやるからよろしくたのむわ」


 2台がスタート台にならぶ。

 サンダードラゴンvsファイヤードラゴン。

 2匹の龍が並ぶのも壮観だ。


「シグナルに注目!」


 オールグリーンでスタート。

 前に出たのはファイヤードラゴンだ。


「あ、この感じ、トルクチューンですよ」

「あぁ、そんな感じだな。ちと厄介だな……」


 大径タイヤをトルクチューンのパワーで回しながらハードなブレーキングで勝負してくる、ストップ&ゴー作戦だ。

 このコースに合った作戦といえる。

 MSフレキも相まって、とてもスムーズな走りだ。

 しかしルキの青龍も負けていない。

 詰めに詰めた23mm径のローハイトのマルーン。

 ハイパーダッシュを使って加速がよく、こちらもストップ&ゴーな走りだ。

 アプローチの違う、しかしよく似ている作戦。

 こうなると差が出るのは着地、そしてコーナーリングだ。

 スタート時の差を詰め、2週目では完全に前に出る青龍。

 レイが惚れ惚れしたように青龍の走りを眺める。


「ほんと速いわよね。コーナーリングの軽やかさが段違いだわ」

「今回はスラダンのネジを締め切ってるからな、ほぼリジッドバンパーだ」


 なるほど、リジッド化することでコーナーリング時のマシンのスライド抵抗を抑えているのか。

 通常はスライドダンパーを搭載しているとコーナリング時に外壁に近づいて走ることになるので、遠回りになる。

 そしてタイヤも横にスライドするので抵抗となり、遅くなる。

 このスライドダンパーをリジット化することによって安定度を捨てることになるが、コースの最短距離を走れるため、周回速度が上がるのだ。

 ラジ4ジャンプなど、速度を下げねばこなせないセクションが多々あるコース。

 しかし、その障害がない場所ではスピードをあげていきたい。

 それを実現させた設計だ。

 佐藤を引き離し、ルキのマシンはそのままぶっちぎってゴーした。


「やったぁー!ルキちゃん勝ったー!」

「まぁざっとこんなもんよ!」


 ハクも安堵からか少し涙目だ。

 これで首の皮一枚繋がった。

 次の走りで全てが決まる、ということだ。


「あとは俺に任せろ、勝ってみせる」


ーーーーーーーーーー


解説:


・ファイヤードラゴン

ドラゴン4兄弟の次男。

ラジコンボーイ登場時はかっこよかったなぁ…

ファイヤーとサンダーのみ、ポリカボディが存在する。

一時期はポリカが高騰したが、現在はそこそこ配給されている。


・トルクチューン

トルク重視のチューンモーター。

チューンモーターはハイパーなどと比べると遅いイメージがあるが、両軸のトルクチューンプロは環境やマシンによってはハイパーを凌ぐ速度が出る。


・リジッドバンパー

本文説明通りの可動しないバンパーのこと。

スライドダンパーやピボットバンパーのような安定度はないが、速度だけなら最も速い。

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