第17話:白鳥麗子でございます

「決勝戦のお相手は、貴方達かしら?」


 声のほうに振り返るとそこにあったのは玉座である。

 赤いベルベットを張り、マホガニー材の木目の美しさを最大限に引き出した神々しい玉座。

 ところどころに金の細工が施されており、それが煌めく様はまるで後光が指すようでもある。

 台座には小さな階段がついていて、玉座からは俺たちを見下せるようになっている。

 左右に従者をしたがえ、玉座中央には小学生かと思われるほど小さな女子がちょこんと座っていた。

 髪型は超ロング縦巻きロールツインテール。

 身長よりも長いと思しき縦巻きロールが艶々と輝いて、見る者を圧倒する。

 あれ毎朝巻いてんのかな……。


「わたくし、鵙屋ヒロコ。皆からはミニ四駆マイスターと呼ばれているわ」

「ま、まいすたぁ!?」


 大仰な肩書きに艶前とした微笑み。

 玉座の上で足を組み、上体を反らせ見下すように俺たちに視線を投げる。

 その態度はまさにミニ四駆界の女王といった風情。

 だがしかし小さい。

 すぐ横にいるハクも小さい子だが、更に線が細いためか輪を掛けて小さく見える。


「先程の貴方達の戦い、見させていただいてよ。なかなかやるようね。でもまだまだヒヨッコだわ」

「ひよっ……ってあんただって同じようなもんでしょ?」

「ほほ。わたくし、幼少のころからミニ四駆を嗜んでおりますので」


 いちいちモノの言い方がお嬢様だな。

 そんな鵙屋にハクが食いつく。


「でもあたしよりちっちゃいよねー?ここ、高校生の大会だけど出場していいのー?」

「まぁ、失礼ね。京華商業高校3年、商業美術部部長でありミニ四駆部部長でもあるこのわたくしに対して」

「はぇー、先輩だー」


 なんと、三年生。

 俺達よりもぜんぜん先輩だった。

 左右に召し仕えている2人の従者ーーいや、京華の生徒なのだが、彼らも堂々とした面構えをしている。

 1人は細身の長身、もう1人はがっしりした体格で、いずれも制服をぴっしりと着ている。

 しかし県民ホールに自前の玉座を持ち込むなんてよくやるぜ。

 まるでアニメなんかに出て来る悪役3バカトリオみたいだ。

 親玉の鵙屋は楽しそうに、ほっそりした指先を持ち上げる。


「あなた、どう?最初の勝負をわたくしとしませんこと?」


 そういって指差した方向は……ハクであった。


「えぇぇ!?あたし?みんな、どうしよう……?」


 ハクが分かりやすく狼狽しているが、俺の心中も穏やかではなかった。

 会場では決勝戦用のコースが着々と組み上がってきている。

 それがどんなものになるのかは事前に知らされていない。

 誰が対戦するのかは、コースを確認してから決めたほうがいいだろう。

 俺は煌めく玉座を見上げた。


「こちらにも作戦というものがある。コースが組み上がるのを見てから決めさせてもらいたい」

「あら、弱気じゃない。まぁいいわ、こちらは先鋒、このわたくしが出ますので」


 鵙屋がそう言うと2人の従者がガラガラと玉座を押してその場を離れていった。

 

「あっ、あれ車輪つきなんだね……」

「従者さんは大変そうだなー」

「ちょっとびっくりよね、縦巻きロールってアニメ以外でもあるのね」


 そうこう言っているとコースがだいたい組み上がってきたようで全容が見えてくる。

 しかし、これは……ちょっと酷くないか?


「ぐっ、ラジ4ジャンプ!?」


 ラジ四駆というミニ四駆サイズのラジコン用ジャンプ台のことで、とても小さなジャンプ台ではある。

 だが、スピードが乗った状態で挑むとかなりの飛距離を飛んでしまう、俺が大っ嫌いな障害だ。

 それがスラローム手前に置いてある。


「おぃこれやべぇぞ、0着がある」


 ルキが指差したのはテーブルトップ。

 上段にストレート2枚から降っているが、そのあと直接カーブにつながっている。

 つまり着地、即コーナーなのである。

 スピードが乗った状態で降ると、次のコーナーを曲がる事は出来ない。


「あぁぁ……レーンチェンジがきた……」


 決勝コースは3レーン用レーンチェンジが配備されてしまった。

 レイの艶雷を出すのも難しい。


「あ、ストレートがぜんぜんない、ほとんどコーナーと障害みたいなコースです……私のブラックウイングでは無理そう……」


 完全なアスレチックコースだ。

 トモですら根を上げるか……ヤバいぞ。

 みんなが絶望に突き落とされる中、ハクはのんびりと声をあげた。


「……ていうかこれ、あたしのソニックにめっちゃ有利なコースレイアウトじゃないのかなー?」

「「「「あっ!!」」」」


 まさにその通りだ。

 最高速度が遅く、安定した状態をキープできるソニックにうってつけなコースだ。


「向こうの掌の上みたいで癪だが、なんだっけ、マイスターちゃんの言う通りの勝負をすることになるな」

「じゃーまずあたしが突っ込むから、それ見て対策を立てたおにいちゃんとルキちゃんのマシンで挑めばいいんじゃない?」

「作戦として正しいが、おまえだって勝ちに行ってもらわなきゃ困るぞ」

「えへへー、出来る限りがんばりまーっす♪」


 ハクがぴっと敬礼してみせる。

 とりあえず先鋒はハク、次戦以降は様子を見て決めて行くことになった。


「あら、言った通り出てきてくれたのね、ひよっこちゃん」


 コースの向こう側にはすでに玉座がセッティングされ、そこでマイスターちゃんは優雅に微笑んでいた。


「うん!あたしが相手だよ。そっちこそピヨピヨさせちゃうからねー♪」

「まぁ!言うじゃない。いいわ、どちらがピヨピヨしちゃうことになるか、勝負よ!」


 従者が床にレッドカーペットを敷き、マイスターちゃんがマシンを片手に彼の地へと降り立つ。

 ハクよりも小柄なはずなのに、纏う空気には迫力がある。

 これは玉座やレッドカーペットといった舞台装置のおかげだけではないのかもしれない。


「わたくしの山椒、甘くみないことよ」


ーーーーーーーーーー


解説:


・悪役3バカトリオ

ドロンジョ、ボヤッキー、ドワルスキー的なアレ。


・ラジ4ジャンプ

作中解説通りの極悪障害。

ラジ4駆は加減速できるので、速度を落とせば簡単に攻略出来るのだが、ミニ四駆ではそうはいかない。


・0着

コース設計上、基本的にはやっちゃダメなレイアウト。

初心者お断りになることが多い。

普通に走るとノーマルモーターでも走りきれない場合がある。

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