第9話:トップをねらえ!

「それでは……レディ、ゴー!」


 同時のスタート。

 タイヤ径の小さいマッハダッシュの艶雷が飛びだす。


「速いな、マッハか」


しかしスタート後の2連バンクで抜かれてしまう。


「やっぱ速度が乗ると追いつけないな……でも次のダブルドラゴンで……」

「なにか仕込んでやがるのか……」


 バンクでひっかからないがスロープでしっかりかかるブレーキセッティングをされているRUKIの青龍。

 しっかり減速してセオリー通りドラゴンバックを1つ1つ飛び越えていく。

 しかし艶雷は。


 しゅっ……っばん!


 2つのドラゴンバックを一気に飛び越えていく。


「なっ……」


 さすがにこれにはびっくりするだろう。

 C-ATが完成し、テスト走行でその回帰性のよさに喜んでいたとき、トモに以前から考えていた案を話してもらった。


「ダブルドラゴンとアイガーマウンテンを一気に飛び抜けるようにしませんか?」

「フルエアーか。それは……もちろん出来るとは思うが、かなり危険な戦法だぞ」

「あ、はい、わかってます。でもこの方法以外であのマシンに勝つことはできないと思います」


 言いたいことはわかる。

 ロングジャンプ、空中を飛んでいるほうが全ての抵抗から解放されるので当然速い。

 ただしもちろん大ジャンプはそれだけ危険な行為だ。

 ちょっとでもジャンプの方向が狂えばコースアウトしてしまう。


「でもそうか、だからC-ATができないと無理ってことなんだな?」

「あ、はい、この回帰性であれば大ジャンプしても危険を最小限に抑えることができると思います」

「であれば低く、そして長く飛ぶようなセッティングを出せるといい、ということだな」

「そうです。可能ですか?」

「フロント提灯の開度を狭くする。制振性は少し落ちるがジャンプが低く飛ぶようになる。それとリアタイヤのグリップを抜く必要があるからリアはマルーンを使う。距離は落ちるがこれも低く飛べる」

「飛距離を出すためブレーキはほとんど貼ることはできませんが、これが上手くセッティングできれば、勝機が見えます」


 トモの考えた作戦がビンゴだった。

 ダブルドラゴンで一気に追い抜き、バンクを抜けてのアイガーマウンテンも山の頂点に着地させず、ジャンプから一気に下山する。


ばしゅっ!


 気持ちよく着地してレーンに収まる。

 危険な走行方法だが、おかげで青龍に差をつけることができている。

 RUKIは心底楽しそうに笑った。


「やるじゃねぇか、こりゃ大したタマだ」

「ここでRUKIさんに勝たないと、わたし達に明日はないから!」


 最終コーナーを抜けてからのバックストレートで青龍が追い上げる。

 しかし、それでも艶雷には届かない。


「これなら行ける!いっけぇ艶雷!!」


 4週目まで艶雷は安定した走りを見せ、青龍の先を行き続けた。

 しかし5週目、ダブルドラゴンの着地、頭から突っ込みすぎてコーナーでひっかかるような動きになる。

 コースアウトはギリギリ免れたがかなりのタイムロスになってしまった。

 アイガーマウンテン後のSSS(トリプルS)と言われる連続コーナー入り口で、すぐ後ろに青龍がみえた。


「最後のスラローム、逃げ切って!!」


 レイの悲鳴にも似た叫び。

 最終コーナーでほぼ2台が並ぶ。

 青龍が大外になっているのだけが救いか。


「いっけぇーーーピンク号ーーー!」


 ハクの声が響く中、チェッカーを受けたのは……あれ?


「……同時?」

「あ、はい、ちょっと目視では差がわからなかったです」


 なんと2台同時のゴール、のように見えた。

 動画に収めていたわけではないので、判断が難しい。

 マシン作りばかりにかまけてゴール判定のことを考えていなかったのは俺のミスかもしれない。

 しかし、これはどうすべきかなぁ。

 そんな俺の迷いを、RUKIの笑い声が打ち破る。


「あははは、オレの負けだよ」


 RUKIはマシンを回収すると、労わるようにそのボディをなでた。


「え、いや、今のは勝負がついているかわからないです」

「いや、オレの負けだよ、最後追いつけたのはたまたまさ」

「しかし、これは再レースが必要だと思います」

「再レースしたらオレが勝つよ、そっちマッハだし電池垂れてるべ」


 確かにその通りだ。

 電池交換せず再レースだと確実に勝てない。

 今回の走行も奇跡的に全ジャンプがレーンに収まってはいるが、練習でも5週全てレーンに入ることはなかなかなかった。

 その辺りを含めても、もう2度とこの走りはできない可能性もある。


「いいんだよ、今回のレース、勝とうが負けようが、オレは部活に入るつもりだったんだよ」

「え、ほんとですか?」

「おぅ、もともと学校にミニ四駆部ができるなんて思ってもなかったし、これだけ人数がいれば立派な部活になるだろ。それに……オレはそいつに借りがあるんでな」


 と言ってくわえていたチュッパチャップスを取り出し俺のほうに向ける。

 借り?いや、面識はあるが借りを作ったような覚えはない。


「そんな覚えはないが……」

「あんたが覚えてなくてもいいんだよ。……オレの名前は鬼龍院瑠姫(きりゅういんるき)」

「RUKIは本名なんですね、こっちはトモ、向こうのちっこいのがハク、でこの部の部長のこの人が」

「知ってるよ、狭間だろ」

「よ、よろしくたのむよ」


 Gsガレージのレースでもニックネーム「ジン」で出場しているのに、俺の苗字を知っている。

 やはり、どこかで何かつながりがあったのだろうか。

 RUKIは記憶を弄る俺をじっと見据えると、口角を上げてニヤリと笑う。


「んじゃ、これからよろしくな、メグたん」

「んなっ!?」


ーーーーーーーーーー


解説:


・ダブルドラゴン

ドラゴンバックが2連発で続く難関。

2個一気に飛び越すか、一つ一つ着実に超えて行くか。

コース全体を見た戦略が必要になる。


・バンクでひっかからないがスロープでしっかりかかるブレーキセッティング

ブレーキを張る位置や角度を調整し、減速したいスロープではブレーキが当たり、減速したくないバンクではブレーキが当たらない。

スロープとバンクの傾斜の形状が違うためこんなセッティングが可能です。

通称「バンクスルー」セッティング。

これができないとレースで勝つのは厳しい。


・アイガーマウンテン

高高度のスロープで高さは60cmになる。

これはミニ四駆が60cmの高さから落ちる、ということでもある。

実車換算で約10mの高さから落ちることになるので、その衝撃がわかるかと。

着地で跳ねないマシンが必須だ。


・フルエアー

全部一気に飛び越して行く爆速セッティングのこと。

無謀ではあるが、決まったときの爽快感は半端ない。


・フロント提灯

マスダンパーを吊り下げたセッティングを提灯セッティングといいます。

この提灯の動きと連動して、フロント側に可動するものをフロント提灯といい、近代ミニ四駆の基本セッティングとなっている。

制振性が高く、空中でマシンが前傾姿勢を取りやすい。


・マルーン

ローフリクションタイヤのこと。

色が小豆色でマルーンカラーと呼ばれることからの通称です。

ローフリクションの色違いを欲しているレーサーは多かったが、この度!黒いローフリクションタイヤが発売されることに!

しかも限定商品でなく、通常品番で。


・SSS(トリプルS)

S字コーナーが3連続するセクション。

コーナー滞在時間が長いので、減速しやすい。

速度キープが鍵になる。


・電池垂れてる

電池は使っていると当然ですが容量がなくなってきます。

その際、電圧も下がるので出力も落ちていきます。

この状態の電池を「垂れている」と表現します。

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