第8話:発進!未完の最終兵器

「わたし、このマシンを作ってみたい!」


 そう言って見せてきたレイのスマホの画面には変わった形のミニ四駆が映し出されていた。

 可動パーツを大量に使ったフロントバンパーに、上下19mmのローラーが接続されている。

 リアの構成はパッと見ではわからないが、特徴的なあの「尻尾」が生えていた。


「これはホエイル……C-ATか?」


 C-AT、Convolutional - Auto Track Bumper の略で「畳み込みATバンパー」という。

 平面ではピボットのような折れ曲がる可動はほとんどせず、下から衝撃を受けたときに畳み込むような形で後ろ側+上方向に可動するバンパー。

 ジャンプ下降時に壁に触れた場合、ものすごい柔らかさでレーン内に復帰できる仕組みだ。


「そ!さすがジン、知ってんだね。新しいホエイルらしいんだけど」


 これは驚いた。

 こいつ自分なりにミニ四駆の勉強しているんだな。

 そういえば簡易ホエイル作ってるときも、ホエイル制作が難しいことをわかっていたな。


「わたし1人じゃ絶対作れないと思うけどさ、みんなと部長が手伝ってくれれば……きっとできるはず」

「たしかにRUKIのサンダードラゴンに打ち勝てる可能性のある解の1つかもしれない。やってみる価値はあるな。ただ、問題がある」


 問題。

 C-ATの仕組みはまだ発展中であることだ。

 ホエイルの生みの親、「おじゃぷろ」氏が考案、製作中ではあるが、まだ改良中であると聞く。


「それでも!売られた喧嘩は倍返し!」

「物騒」

「ここで逃げるわけにはいかないもん、それに彼女が仲間になってくれれば……全国でも戦っていけるはず」

「それは一理どころか百理ある」


 俺にだって彼女から得たい知識や技術はたくさんある。

 だがそれには勝負に勝つ必要がある。


「とりあえず明日から製作に入るから、みんなよろしく〜!」

「あ、私もいろいろ調べておくね」

「俺も詳しいところはわからん、帰って調べておくよ」

「あたしよくわかんないから応援します!」

「「「お、おぅ」」」


 翌日の部活からレイの新マシン製作に入った。

 C-AT関連はレイとトモで調べながらテストし、シャーシやタイヤ、その他のギミックは俺が作る。

 ハクは応援を頑張っている。


「フレーフレー、レ・イ・ちゃーん!がんばれがんばれト・モ・ちゃーん!負けるな負けるなおにーちゃーん!」

「とりあえずこれ食べて落ち着こうな」

「わーい、ドーナツだー♪牛乳買ってきまーす」


 作るのはホエイル、なのでレイのアバンテのシャーシをそのまま使いフレキシブル化する。

 最近ずっとMAを使っているが、元々はMSフレキ使いだったのでこのあたりはお茶の子さいさいだ。

 ただあのコース、同じフレキで走ったとして、追いつけたとしても勝てるのだろうか。


「どしたん?話聞こか?」


 考え込んで突っ伏していた俺にレイが顔を覗くように話しかけてきた。


「ん、いや考え事だ。向こうはGシステムっていう仕組みでな。ホエイルと方向性は似ているがアプローチが違う。同じオートトラック式の可動バンパーを持っているが、制振する仕組みが違う」

「制振って着地の性能だよね。ホエイルでもマスダンパーを使うんじゃないの?」

「その通り、マスダンパーとアイアンテイルと言われる重りを仕込んだ尻尾だ、あのミニ四駆キャッチャーで作る」

「ほんと便利なんだね、あれ」

「うむ。しかしGシステムはマスダンも錘もほとんど使わない、ユニットそのものが制振に関わるので、ほんの少しの加重で十分な制振性が得られるんだ」

「つまり、軽い、ってこと?」

「その通りだ。そして今回こちらが作るC-ATもやはりホエイルなことは変わらない。フロントバンパーをボディで可動させるため……、そして制振性確保のためにマスダンパーが必要だ」

「つまり、向こうよりこっちの方が重い。だからその分、不利?」

「正解。でもミニ四駆は重量が全てじゃない、パワーソースや電池の育成などでも変わる」

「でもそのあたりも、向こうのほうが?」

「よりスペシャルだな」


 考えれば考えるほど勝てる見込みが見つからない。


「あ、あの。私も少し考えたんです」


 トモも考えてくるとは言っていたが。


「聞かせてもらえるかな」

「あ、はい、彼女のマシンですが、お店で見た感じの速度感だとハイパーダッシュで3.5:1ギアだと思います。タイヤ径は中径でしたが、たぶん24mmくらいだったかと思います」


み、見てだけで分かったのか?!


「で、Gsガレージの5レーンを走るにはダブルドラゴン、アイガーマウンテンを乗り越えることができて、尚且つバーチカルチェンジャーが登れるセッティングが必要です。MSシャーシのフレキでGシステムですのでブレーキの高さは限られているはず……だと思います。バーチカルを登るとなると、フロントでがっつり目のブレーキ、リアはノンブレーキ状態かな、と考えます」


 バーチカルチェンジャーを登るとき、リアブレーキをつけていると減速が激しく登りきれない。

 だからトモの推測は正しい。

 しかしちょっと待て、なんだこの考察、洞察力は。

 この子、素人だったんじゃないのか。


「それで今回作るマシンはホエイルですが、実はGシステムも動作的にはぶっちゃけホエイルと変わりないと思います。安定性という意味ではその両者は変わらないはずですから。つまり、アプローチは違いますが結果は同等の効果になるかと」

「なるほど」

「であればあとはコースを走りきることができて、彼女のパワーソースを駆動含めて上回っていればいい、ということになります」

「か、完璧です、じゃどんな組み合わせを考えるのかな」

「あ、はい、モーターはマッハ1択です。たぶんモーターの育成に関しても相手が上手だと思いますので出来るだけ速いものを使う以外の対抗策はありません。そしてブレーキをできるだけ押さえて、尚且つ入りやすいようにするためにタイヤ径は極限まで下げます。相手が24mmだとすればこちらは23、いえレギュレーションの限界の22mmくらいまで下げます。ギアは3.5:1の超速で位置出しより抵抗を抜く感じで。あとはブレーキを押さえながらもどこまで安定できるかがポイントになるかと思います。それと合わせてC-ATが完璧に組めるのであれば互角の勝負には持ち込めそうな気がします」


 こんな難しいコースに挑戦する場合、モーターはハイパーダッシュを選択するのが普通だ。

 ハイパーダッシュはスピードとトルクのバランスが良く、周回性が優れているからだ。

 マッハはというと、性能をスピードに振り切ったモーターである。

 直線を走るのならマッハ一択だが、複雑なコースでは速度が出過ぎてコースアウトしやすい。

 しかしトモはマッハモーターで速度を出しつつ、タイヤ径を限界まで下げることでスピードのバランスを取ろうというのだ。

 さらにブレーキを抑えるとまで言う。

 ……C-ATが完璧にマシンを安定させてくれることに賭けて。

 そう。これは博打だ。

 トモは博打に出ろと言っている。

 博打に出て初めて、俺たちはやっとRUKIと互角になれると言うのだ。

 

「互角の根拠は?」

「あ、はい、C-ATの最後の課題はレーンチェンジだと聞きました。でもガレージのコースはバーチカルチェンジャーです。登りきれる速度さえあれば、通常の3レーンのレーンチェンジよりも楽にクリアできます。つまりC-ATのギミックが未完成であっても、互角の勝負に持ち込める可能性が高いです」

「トモ……あんたマジですごいじゃん……」


 ずっとお兄さんたちのマシンとかを見てきているのだろうか、速度感がわかる、とか俺レベルじゃとてもできない。

 とんでもない子だったんだ。


「完璧です、俺の弟子にしておくのはもったいない、師匠と呼ばせてほしいくらいだよ」

「そそんな、私の魂の師匠は師匠でいてください。ただここまでやってたぶん良くて互角、くらいだと思います」

「しかし、そうなると……もう運頼みになっちゃいそうだな」

「いえ、もう1つ、勝てる道があります……ただこの案はC-ATの完成度に全てがかかっていますので、完成後にまた話します」

「そうか、じゃ急いで作り上げよう。しかし光明が見えたよ、すごいな、トモ」

「あ、いえ、ありがとうございます……」


 トモは顔を真っ赤にしてうつ向いてしまった。

 どうやら褒められ慣れていないらしい。

 レイは足をバタバタと忙しなく動かし、握り拳を天に突き上げた。


「くー、なんかワクワクしてきたぁ!わたしのマシンがどこまでのものになるか、ほんと楽しみ!」

「俺たちならきっとできるさ、がんばろう!」

「あ、私もお手伝いします!RUKIさんに勝たないと!」

「牛乳買ってきたよーーー!」


 もぐもぐ。


「腹ごしらえも済んだし、いっちょがんばろうぜ!」

「「「はい!」」」


 そのあと、一週間かけてマシンの作成をし、勝負直前まで練習走行と改修を重ねていった。


「バンパー、うまく曲がんない〜!」

「火勢を強くして再挑戦してみるか……」

「ぐううう〜!」


 ダメにしてしまったパーツは数え切れない。

 上手く作れたパーツもたくさんある。

 しかし、ベストを目指して調整に調整を重ねる。

 やれることは全てやれた、と思う。

 町田最速にこれで勝てるか、わからないが勝つしかない。

 そしてやってきた、当日。

 店のコースで最後の練習をしているところにRUKIが現れた。


「お、やってるじゃねぇか、勝負しにきてやったぞ」

「今日はよろしくお願いします!」

「礼儀正しいな、よろしく。マシン、出来たみたいだな」

「うん、あなたに勝つために用意したマシンです」

「へぇ、いいね、ワクワクしてきた」

「それじゃ、レース、しましょう!」


 スタートレーンに並ぶ2つのマシン。

 青いサンダードラゴン、「青龍」。

 歴戦の勇者のような貫禄のあるマシンだ。

 隣に並ぶピンクのライキリ、「艶雷(えんらい)」。

 アバンテのボディは少し重かったのと、フロント提灯で乗せるのが難しかったのでライキリに変更している。

 どちらもカミナリを名前に持つマシン同士の戦いとなった。


「お、そりゃあれか、MS-Vか」

「うん、RUKIさんのマシンと渡り合うために、みんなで一生懸命考えて作ってきました」

「初めて見るぜ、C-ATホエイル。ゾクゾクするじゃねぇか……やばい、今年一番燃えてきた感じするわ」

「あ、それじゃ行きます!」


 スターターはトモが行う。

 緊張しているようだが、お兄さんの夢を叶えられるかの瀬戸際だ、当然だろう。


「それでは……レディ、ゴー!」


ーーーーーーーーーー


解説:


・C-AT

本文での解説通りのシステム。

最新のホエイルにて使用されている。

効果は未知数だが、回帰性だけなら全ミニ四駆のギミックでも最強との噂です。

ただし制作も難しく、その難易度は最強クラスとなっています。


・ライキリ

漢字で書くと「雷切」です。

NARUTOの技でもありましたねw

名前とは裏腹に、見た目は一般のスポーツカーのような形状をしています。

実車系のミニ四駆の中でも人気で、イケメンなボディだと思います。


・MS-V

ホエイルシステムにはバージョンがあり、MS1.0から最新のMS-Vまであります。

 MS1.0:初代ホエイル

 MS2.0:アクア

 MS3.0:ATバンパー

 MS4.0:アンカー

 MS5.0:C-AT

MS5.0の完成系がMS-Vと言われている現行最新ホエイルとなっています。

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