第6話:黒い翼の天使達

「ブラックウイングです!」


 愛機に名前をつけるのはそう珍しいことではない。

 ないのだが。


「あ、ちなみに正式名称は『大地裂く昏き光・黎明の翼:†ブラックウイング†』です」


 トモは左手で片目を隠し、右手で天を指して高らかに言い放った。

 どうやらこの子も脳の構造が不思議な方向に特化しているタイプなのだろう。

 彼女の顔は至って真面目だ。

 とてもツッコミ待ちをしているようには見えない。

 であれば俺も真面目な顔で応えることにする。


「じゃあそのブラックウイング、だったかな。こいつは見る限り手を入れる部分が見えない。かなりのガチマシンだと思う」

「そう……ですよね」


 するとトモはちょっぴり肩を落としたように見えた。

 ガチマシン、いいじゃないか。

 そもそも軽いポリカボディではなく、重いプラボディを選ぶレーサーは尖っていて面白い。

 プラボディは重さのせいでスピードが落ちるし、硬いぶん壊れやすい。

 それでもプラボディ至上主義者はプラボディを選ぶのだ。

 なぜって?

 それがポリシーだから。


「でもプラボディでノリオというのは、美学を貫きながらも速さを追求しようという姿勢が出ていて良いと思うんだが」

「ねね、さっきから思ってたんだけど。ノリオって、なに?」

「うーん。簡単に言ってしまえば、機体がコースアウトしないための仕組みだよ」

「ホエイルもさ、コーナーが早くなるだけじゃなくて、飛ばなくなるって聞いた覚えがあんだけど」

「そうだな。制振性と回帰性を実現する機構だ」

「じゃ全部ホエイルでよくね?」

「それは無理だ、どんな仕組みにもメリットデメリットがある」


 それにプラボディに旧シャーシでは機体に組み込める仕組みが変わってくる。


「機体の裏側を見てくれ。後ろから長いアームが通ってて、前輪後ろあたりに錘がついてるだろ?」

「あーほんとだー、カシャカシャ動くねー」

「コーナーやジャンプの着地の際、このアームがしなって錘と一緒に動き、衝撃を吸収するようになってるんだ。ノリオっていうのはこうすることで制振性……跳ねないようにする力が働いて、コースアウトを防いでくれる」

「ほへーすごいねー」


 最近ではあまり見ない改造だが、ノリオも素晴らしい仕組みである。

 それなのに、なぜ持ち主は不満なのだろう。


「なあ、トモ。これは自分で作ったマシンでは……」

「あ、違うんです、兄の……遺品なんです……」

「え……」


 詳しく話を聞いてみると、トモの兄はかなりミニ四駆界では有名な人物だったようだ。

 だが半年ほど前に交通事故で亡くなられたらしい。


「兄が1番大事にしていたマシンで……もうあまり走らせていなかったマシンなのですが、高校大会でも使ってたものらしいです。その時は優勝できなかったみたいですごく悔しがってました。だからこの子で大会にもう一度、出てあげたくて」


 レイとハクがトモの肩を抱いた。


「だからさ、わたしらも手を貸す……ってかさ?一緒に部活を立ち上げたわけ」

「あのね、トモちゃんとね、優勝しなきゃならないの!」


 彼女たちは「そうだね、目指すは優勝だね」と笑い合う。

 そんな理由もあったのか。

 俺なんかよりもずっと崇高な理由じゃないか。


「わかった!俺も本気でおまえたちに協力するから」

「ありがとうございます……」


 さっそくブラックウイングの状態を確認する。

 中径タイヤを削った小径径のペラタイヤ、24mmくらいか。

 ローラーのベアリングも全て脱脂してあり、モーターも古いものとはいえパワーダッシュでよく回っている。

 俺自身、ノリオを初めて見るがかなり制振性がありタイヤ径も相まって着地もいい。

 駆動に関しても問題がない、素晴らしいマシンだ。

 このセッティングなら、俺のリバティよりも速いんじゃないか。


「すごく良くできているマシンだよこれは。下手すれば俺のマシンでも歯が立たない」

「あ、私もすごく良く出来てると思うんですが、でも……ハクちゃんのマシンと同じくらいの速度なんです」

「な!?」


 ちょっと待て、それはおかしい。

 ほぼ無改造のソニックと同等なわけがない。

 そもそもライトダッシュとパワーダッシュ、パワーソースの差もある。


「ちょっと走らせてみてもいいか?」

「あ、はい」


 教壇上のコースに入れてみたが……確かに遅い。

 直線での速度が出ていない状態に見える。

 今の簡易ホエイルでパワーアップしたハクのソニックとレースしたら確実に負ける。


「そんな馬鹿な……」

「やっぱり私なんかじゃダメなのかな……」

「トモのせいなわけないだろ、もうちょっとマシンを確認させてくれ」


 ブラックウイングをコースから上げてテーブルに置いてみると少し違和感がある。


「ん……なんだ、妙にカタつく?」


 電池を入れると圧力でシャーシが歪み、タイヤが1つ地面についていない、3点接地状態になっていた。


「これか……これが原因だ。タイヤが地面についてないから速く走れないんだ。経年劣化でシャーシが歪んでしまったんだろう」

「あ、こんなこと……あるんですね……知らなかったです。どうすれば直るのでしょうか?」

「……言いにくいことだが、まず直せない」


 女子三人が固まる。


「正確に言うと、シャーシを交換すれば直る可能性がある」

「それはダメです!兄のマシンではなくなってしまいます……」


 そう言われると思ったのだ。

 お兄さんへの思いを考慮すれば、そういう風に考えるのは自然だ。

 彼女は当時のそのままの状態で走らせたかったのだろう。


「お兄さんの魂が宿るのはマシンだけじゃないよ、トモの心にも宿ってるだろ」

「……私の……?」

「マシンのセッティングだってこの状態よりいいものがあるかもしれない。でも、そんなことでこだわっていたらお兄さんの意思までも消えてしまうんじゃないかな。だから、トモがどうしたいかを決めるんだ」

「意思……」

「ちょっと待ってて、1回、家に行ってくる。

誰か自転車とかあるか?」

「あたしのがあるよー!カギこれーーー」

「ありがとうハク、みんなちょっと待ってて」


 速攻で家に帰って部屋のミニ四駆スペースを漁る。


「どこだ……とっておきの一枚があったはずだ……」


 押入れの1番奥、秘密の隠し場所にそれは置いてあった。


「あった!よっし……」


 急いで部室に戻る。

 正味18分、世界最速だろう。


「はぁはぁ、ただいまー!」

「うぉ、はっや!!」

「ということで……これをトモにやるよ」

「このシャーシは……?」

「俺の魂の一部とも言える、虎の子の1枚だ。見た目は普通のTZシャーシだがこいつは昔の限定スペシャルキットにのみ同梱されていた、グラスファイバー入りのシャーシだ。これなら強度があるから捻れて3点接地になることはないと思う。これを使ってくれ」

「限定品って……」

「もうほとんど出回ってない、レア中のレアだ」

「そんなものを……私に……?」

「これから同じチームでがんばる仲間だ、俺の魂も使えよ!ただこいつを使う、使ってくれるなら中途半端は許さないからな」

「魂……」

「お兄さんの魂と、俺の魂、それにおまえの魂、全部込めろ。その黒翼に全て乗せて飛ばすんだ」


 やばい、暑苦しかったか。

 図らずも中二病全開になってしまった。

 これは引かれるかもしれない。


「……わかりました、私、やってみます!このシャーシ、お借りします」


 こんなノリで大丈夫だったのだろうか。

 でもトモの目に力が湧いているのがわかる。

 うん、それならよかったのだろう。


「じゃ始めるか、とりあえず元のブラックウイングのパーツを全部外して、こちらのシャーシに移植しよう」

「あ、はい、やってみます」


 さすがに血は争えないか、彼女はマシンの扱いに長けていた。

 TZシャーシは90年代のシャーシだから、今のものと比べて特別に性能が良いというわけではない。

 それでもうまく加工すると、恐ろしい力を発揮することがある。

 グラスファイバーシャーシは硬く、加工がしやすいものではないが、トモならば問題ないように思えた。


 しかしこのマシン、バラしてみると本当にすごい。

 ギアの位置出しだけじゃなく、ギア自体の加工が半端ない。

 薄い歯切れのようなビニールを挟んで接着までしているのか。

 相当、力を入れて作ったマシンなのだろう。


「位置出しは同じシャーシでもモノによって違う。とりあえず同じように組んでみて、異音などがないかチェックするんだ」

「はい……これでどうかな……」


 ぎゅいぃぃんぎぃぎぃ……


「これじゃダメだ、圧力が強くなって回転が逆に悪くなっている」

「後ろ側が詰まってる感じがします……ワッシャー1枚外して……ワッシャーの代わりに透明な薄いので……」


改めてスイッチを入れ確認する。


 しゃー………


「お、かなりよくなった感じがするな」

「はい!走らせてみます!」


 コースに置いてみるとブラックウイングは軽快に走り出した。


「うわ、速い!」

「ほんとうだ!トモちゃんのマシンすごーい!」

「こいつはすごいマシンだよ、でもまだまだこのシャーシに合わせた調整があるはずだ。ブラックウイングは元々がTZ-Xだが俺のは通常のスーパーTZ。突き詰めれば駆動はTZ-Xよりもよくなるはず」

「もっと……早く……?」

「ああ、そうだ。それらの調整を自分で見つけ出していければいい。お兄さんのマシンでもあるが、もうこのマシンはトモのマシンでもあるんだからな」

「あ、はい、わかりました、師匠!」


 し、師匠!?

 いやとはいえ神とかアンタとか先生よりはいいが……。


「とりあえず、全員の方向性みたいなのは見えてきたな」

「うん、この感じでカスタムしていけばきっとみんな速くなれると思う。さすが部長だな」

「あ、でもレイちゃん、重大なことを忘れてるよ……」

「え……あっ!?」


 重大なこと?


「あと一人、部員が足りないの!」


ーーーーーーーーーー


解説:


・ペラタイヤ

薄く削ったタイヤのこと。

ゴムの層が薄くなるので軽くて跳ねにくい。

4つのタイヤを精度良く同じ径に削るにはかなりの修練、テクニックや機材も必要になる。


・脱脂

ベアリングには滑りを良くし錆びにくくするためにグリスが混入されている。

このグリスが高速回転時には抵抗にもなっていて、回りにくくなっている。

このグリスを排除することを脱脂といい、行うことで回転がスムーズになる。


・パワーダッシュ

片軸マシンにのみ搭載可能な上位ダッシュモーター。

ハイパーダッシュ以上のトルクと回転数を叩き出す、片軸最強とも言われるモーターである。


・3点接地

片軸シャーシが経年劣化などで捻れてしまうとこの現象が起こることがある。

回避策はなく、基本的にシャーシ交換しか手がない。

熱湯に漬け込んで逆に捻り、元に戻すという技もあるが、とても難しい。


・グラスファイバー

ガラス繊維のことで、これをプラに配合し強度をあげた強化シャーシなどがある。

限定品が多く、なかなかレアなものが多い。


・位置出し

ギアの位置を固定化し、他との接触抵抗を抑えて無駄をなくすことをギアの位置出しと言っています。

経験とカンが必要な世界でもあるので、いきなりいい感じにはなかなかできない。

最近のシャーシは位置出しする必要はほぼないとされています。


・TZ系

サイクロンマグナム発売時に初搭載されたシャーシ。

旧シャーシではあるが、ギア回りの精度が高く、現役とも遜色はないと思う。

正確にはスーパーTZシャーシといい、後継版としてスーパーTZ-Xがある。

バンパーやリアステー周りが強化されているが、駆動に関しては旧TZのほうが評価が高い。

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