2、人が住まう廃墟

 夜、月が見え隠れするような天気。辺り一面に生えている背の高い草は、風に吹かれてざわめき、所々に咲く花々は、月に照らされながら細かく揺れる。

 そんな地に、足を運ぶ者が一人。彼女は、自身の周りを光の玉で照らし、道を確認しながら慎重に歩んでいる。

「たしか、この先の木の近くに……」

 どうやら宛があるようだ。草花を掻き分けながら、前へ進んでいく。


 私が住んでいる街からかなり歩いたところに、廃墟のような図書館があるのを知ったのは、ついこの間。私がよく行く図書館で偶然見つけた。そして、それが本当かどうか調べに来た。

「あ……あった」

 背の高い草に視界を遮られながら歩いていたから、すぐ目の前に来るまで気が付かなかった。おかげで、木にぶつかる所だった。一応、魔法で光の玉も出していたけれど、途切れ途切れだったからなぁ…そして扉の前へ立ち、疑問に思った。

「扉、意外と綺麗…?」

 廃墟図書館って本では言われてたけど、その割には扉が綺麗だと感じる。風化してボロボロになってるって私が勝手に勘違いしてたみたい。

 ギィィと扉を開けると、確かに廃墟みたいな図書館だった。暗かったので魔法で辺りを照らすと、本棚は朽ちてる物が多く、本も少ない。床は腐っていないみたいで、普通に歩ける。だけれど、どこか不気味な感じ。やけに冷たい風も吹いていて、思わず身震いをしそうになる。

「…この本、魔法書だ」

 意外と中は広く、しばらく図書館内をさ迷っていると、見知った本を見つけた。

「どうしてここに?これは童話のはずじゃないのに…」

 手に取り、本を開いて内容を確認してみた。そして分かったことは、私が知ってる魔法書の内容とは全然違うって事だった。さらに深く読み進めようとした瞬間、聞こえた。音が。誰かがこの図書館を歩いてるような音が。そして止まったと思いきや、

「…アナタは、探し物ですか?」

 喋った。なんか、訊いてきてるし。正直、怖くて、今すぐ図書館から出たかったけど、このまま無視するっていうのも、可哀想な気がした。

「そうですよ。貴方はどこにいるんです?」

 答えるついでに訊いてみたけれど、返答は無かった。なんか、虚しくなったのと、普通に怖かったから早歩きで扉へ向かった。そして、出ようとした。あいにく、さっき喋った人(?)はいなかった。

 そのまま扉を開けて、私は家に帰った。


 彼女が図書館を出る際、僅かに声が聞こえてきた。

「行ってしまいました」

 それは彼女がした行動を、自分ではない者へ向かって言われた事のように感じられた。彼女は、一瞬だけ足を止めたが、再び歩き始めた。

「え、また来てくれるかな?」

 これは会話であった。だが、彼女は振り向かず、ゆっくり歩き続けた。

「恐らく」

 やがて小さくなる声に耳を澄ませながら。

「また会いましょう…魔法使いさん」

 この言葉は、彼女の心に深く印象づけた。そして、会話がすっかり聞こえなくなった頃、彼女は走って家路へ着いた。


 ●


 翌日の昼、わたしはカエデの家へ差し入れに来ました。玄関をノックすると、優しいイケおじの父親である、タリアンさんが出迎えてくれました。

「おお、ミナさん。よく来たね!どうぞ上がって!」

「お邪魔します。ところで、カエデは今どちらに?」

「母さんの部屋で魔法の練習をしているよ。見に行ってあげて」

「分かりました。ありがとうございます」

 ドアの前まで来ると、半開きでした。風通しを良くしているのでしょう。

「カエデ〜、マカロンとシュークリームとアップルパイを持ってきたわよ」

  ドアを開けると、カエデが嬉しそうに反応しました。

  「あっりがと〜!丁度お腹減ってたんだよ!ほら、座って座って。ついでに話したいことがあるの!」

 唐突にそう言い、ドアをしっかり閉めました。


 カエデは、昨晩起こった出来事を細かく説明してくれました。簡単にまとめますと、廃墟のような図書館に行ったら、謎の存在に見つかったと。

「…そういう事かしら?」

「うん。だから、今日も行く予定なの。そこで、ミナも一緒に来てほしいなーって」

 すごく懇願するような言い方ですが、若干迷いがある表情です。危険かもしれない出来事に無理にわたくしを誘いたくないのでしょうが…

「やっぱり一人だと怖いのね?」

「…だって〜、幽霊かもしれないんだよ!?」

「………」

 一人で行った際に悲鳴を上げなかったのが不思議なくらいにビビってますね。まぁ、カエデとわたくしの仲ですし、普通に行ってあげましょう。

「行ってもいいわよ。いつ、どこで集合したらいいかしら?」

「えっ!とね、二十三時に私の家の前でいいよ!」

「分かったわ」

 こうして話を終えたわたし達は、一時解散し、二十三時に再び会うことを約束しました。

 そしてわたしは、急ぎめで家へ帰りました。


「メイドさん。お話がありますの」

 帰宅したわたしは、一人のメイドさんを部屋に呼びました。躊躇う様子もなく、素直に付いてきてくれるので有難い限りです。

「ミナお嬢様、お話とは何でございますか」

「今夜、わたくしは外出致します。なので、両親には決してバレることのないように、上手くやってほしいのです」

 抽象的に言ってしまいましたが、このメイドさんならやってくれると信じてます。

「お言葉ですが、夜はどのようにここから出るのでしょうか」

「この部屋の窓ですよ。既に仕込みは完了しているので、ケガの心配はありません」

 僅かにドヤ顔で語ってしまいましたが、メイドさんは納得したようです。

「分かりました。お気を付けて」

「ええ、貴方も。信頼しておりますよ」


 ●


 今夜、街の中から外れへと小走りに進む人影が二つ。一人が先導し、もう一人はそれについて行くようになっている。やがて、草まみれの地となり、小走りだったのがゆっくりとした歩調へ変わる。どうやら話ながら歩いているようだ。

「〜で、近くに大きめの木があるの。それが目印だから、分かりやすいよ」

 どうやらもう一人の付き添いに、目標となる場所を教えているようであった。

「なるほど。では、前に立ってるあの木がそうなのね?」

 付き添い人は納得したように頷き、前方の木を指さした。


「どう?」

「確かに、扉も床も他のと比べると新しい感じがするわ」

 道中、カエデに図書館について説明してもらいました。さらに、大体の物がその話の通りでした。どうやら、夢では無かったみたいです。カエデの魔法で光の玉を出してもらい、館内を観察します。

「本もね、魔法書しか残ってないけどあるよ」

「へええ………ん?」

 木、扉、床と来まして、次は本かと思い探しましたが、一冊も見当たりません。

「カエデ、ここは本当に図書館なの?」

 純粋な気持ちで訊いてみました。

「うん。ほら、ここにも本があるでしょ」

 よいしょと言って、何かを本棚から持ち上げるような動作をしました。そして、ほらと言われ、カエデがわたしに何かを見せようとしています。ですが。

「何もないけれど…?」


 どうやら、カエデには複数の本が見えているとの事、一方でわたしには、一冊も見えません。

 なんで?と二人して頭を捻っていますと、

「アナタに見えることはありませんよ」

 声が聞こえました。冷たくて少し低い声です。イタズラを疑ってカエデの方を見ましたが、彼女もびっくりしていますので、多分違います。では、一体誰が?

 そう疑問に思った時、天井の窓から月の光が降り注ぎました。それにつられて、暗闇から影がぬるりと現れました。

 それは、人でした。月明かりに照らされて、僅かに輝くウルフカットの紺色の髪。また、瞳孔が灰色、瞳は深い青といった独特な目に見つめられていることに、わたくしは気が付きました。

「見えることはない、とはどういうことかしら?」

「そのままの意味です」

「あらそう」

 なんだか冷徹な人ですね。

「……まずはお互いに名前を名乗ろ?私はカエデ」

「ワタシはクラリス・ノクターンです」

「……わたくしはミナ・クロウディアよ」

 クラリスと名乗った彼女は、どうやら貴族だったみたいです。つまりお嬢様です。わたしと同じ。

「立ち話もなんですし、座ってください」

 クラリスさんがそう言うと椅子とテーブルが現れました。しっかり人数分。どうやったのでしょう。そんな疑問を胸に抱きつつも、逆らうのも失礼だと思いましたので、素直に座りました。

「聞きたいこと、大体の事なら答えます」

 そう言うクラリスさんからは、初対面だというのに頼もしさが全面に出ていました。



 コラム:身分

 基本、貴族と庶民の二つに分かれる。貴族は、名字をもっている家庭。名前のみは庶民となる。

 エルデンや隣街などでは差別はないが、他の遠くにある街では差別が存在する。

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