3、本と心

 天井窓から突き刺さる月明かりに照らされながら、わたしは会話を続けました。

「とりあえず、ここにあるらしい本について詳しく教えてほしいわ」

 まず、一番疑問に思っていたことをクラリスさんに訊いてみました。

「私もそれ気になる!なんでミナには見えないのに、私には見えるの?」

 カエデも乗り気でクラリスさんに問いました。クラリスさんは答えます。

「分かりました。まず、ここにある本は全て魔法関連の本となります。それらを魔法書と言います。そしてこの魔法書は魔法使いにしか見ることができません。厳密には魔法使いも全ての魔法書が見える訳ではなく、自分が使える魔法について書かれたもののみ見えます」

「……なるほど!」

 なーんか、魔法魔法ばかり言ってますね。ようは、わたしは魔法が使えないのでここの本は見えないという事ですかね。でしたらカエデには見えるのが納得できます。

「そして魔法書の定義は、決まっていると思います。使える魔法についての本のみが見える原理はよく分かりませんが、一定の条件を満たした特別な材料でできていると考えられます」

 カエデは、静かに話の続きを促すように頷きました。

「さらに、これはワタシの勝手な憶測ですが、使える魔法は増やせると思っています。使える魔法しか見えないのであれば、魔法は廃れていく一方でしょうし」

 クラリスさんは、そうやって憶測を述べたあと、紅茶を一啜りしました。

「へぇー!……でもさ。なんでクラリスさんはそんな事知ってるの?」

 カエデがわたしには考えが及ばなかった意見を出してきました。わたしもそれに同調しますと、クラリスさんは答えてくれました。

「………知り合いに魔法使いがいますので…」

「なるほど!じゃあさ、今度会ってみたい!!」

「えぇ、機会がありましたら…」

 わたしは若干の疎外感を感じながらも、二人の話を聞いていました。そして、その後もクラリスさんとカエデの話ばかりでわたしは入る余地もありませんでした。なんだか寂しかったです。わたしも魔法を使えたり、魔法についての知識があれば良かったのですがね。


「魔法書にそんな事が書かれてるなんて!」

「えぇ。魔法書もいいですが、魔法にも魅力が詰まっていますよ。例えば〜〜」

 二人の会話に入る余地が無かったわたくしは静かに席を立ち、楽しそうな会話を横目に、朽ち果てた本棚たちに近付きます。

「クラリスさん、魔法についてすごく詳しい!」

「魔法が好きなので、知識だけは誰にも負けない自信があります」

 わたしにも見える本を探しますが、パッと見では無さそうです。ですが、ここで諦めるような自分ではありません。


 しばらく探してまわりましたが、見つかりません。

 わたしは、ため息をつきながら、朽ち果てた本棚に手を置きました。その時、後ろから声をかけられました。

「ミナ、もうそろ帰ろ!大分、長居しちゃったし!」

「…そうね、帰りましょ。クラリスさん、今夜はありがとうございました」

 どうやら二人の会話は終わっていたようです。気を遣われていないと良いのですが…

「こちらこそありがとうございました。カエデさんとの会話、とても楽しかったです」

 …大分、失礼な言い回しに聞こえてしまうのは、わたしの気のせいでしょうか。


 廃墟の図書館を出て、カエデが話しかけてきました。どうやら満足のいく体験ができた様です。

「クラリスさん、すごく沢山の知識を持ってたんだよ!話も聞いてるだけでも楽しくて!」

「それは良かったわ。それと、かなり夜が更けてきているから、早く帰りましょ?」

 そう吐き捨てるように言ってしまうのは、心がモヤモヤしているせいでしょうか。

「それもそうだね!じゃあ早歩きでいこっか!」

 この会話を合図とし、わたし達は急いで家路に着きます。そして、カエデの家の前で別れ、わたしも家へ向かいます。


 わたし部屋の窓の下まで来ましたら、出発前にぶら下げておいたロープを掴み、登ります。わたしは運動ができる方ですので、この位はお茶の子さいさいです。窓の前まで来たら、鍵が開いているので難なく入れます。部屋へ入るとカリナさんが待機してました。

「お嬢様、お待ちしておりました」

「二人にはバレていないかしら。それだけが気がかりよ」

「問題ありません。私が常に気を張っておりましたので」

 相変わらず、言動も立ち振る舞いもカッコイイですね。そして、こう思ったことは墓まで持っていきましょう。

「あ、堅苦しい言葉とかは今はいらないわ。普段通りに話しましょ?カリナさん」

「分かりました、ミナ様。ところで、何か悩んでいることはありませんか?」

 ドキリと胸が一瞬、高鳴りました。

「え……特にないわよ。そんな風に見えたかしら」

 それを隠すように笑顔で答えましたが、心の中を見透かされている気がして落ち着きません。それに、カリナさんの目をまっすぐと見つめることができません。「特にない、何も無い」と心に言い聞かせますが、「自分にも魔法が使えたら…詳しかったら…」という本心が漏れてしまいそうです。

「そうでしたか。でしたら、そろそろお眠りになりましょう。夜が更けてきますから」

 この言葉を聞いても、安心できませんでした。ですので、早くこの場から逃げたい一心で、やや早口で返事をしました。

「そうね。お疲れ様、カリナさん。そしておやすみなさい」

「はい。お休みなさいませ」

 カリナさんが扉を閉め、立ち去ったのを確信してからわたしはため息をつきました。正確には、緊張感から解放された安堵からくるため息です。そして服から寝間着へ着替え、そのままベッドに倒れ込みます。今日はどっと疲れましたので、すぐに眠気が襲ってきました。

 明日は学校もありますので、わたしはこのまま寝ることにしました。ですが、心はモヤモヤしたままでした。


コラム: 廃墟図書館

いつ誰が経営していたのか不明な図書館。また、床や壁、本棚などはボロボロだが、本が健在していたり、図書館の扉や床が綺麗であるなど不自然なことも多々ある。

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