第130話 存在していたファン

「ところで、エディナさんが見ているその写真は……」


 ちょっと微妙な空気になったので話題を変えるべく周囲を見回すと、エディナさんが一枚の写真を凝視している姿が目に留まったので声を掛けた。


「――――はい。その写真は、ご尊父様から譲り受けたものです」


 僕の質問にはチーフさんが答えた。藪王道場に来訪した時に養父さんと何かを話していたが、知らない間に僕の幼少期の写真を受け取っていたようだ。チーフさんの抜け目のなさには迷惑ながらも感心してしまう。


「…………」


 僕が声を掛けた事でエディナさんは数秒だけ顔を上げたが、取り立ててコメントを発する事なく静かに視線を下に戻した。しかしチーフさんが答えてくれたのでエディナさんと会話を交わしたような感はあった。


 ちなみにエディナさんが熱心に見ているのは、養父さんに引き取られて少し経った頃の僕の写真だ。


 にぱーっと満面の笑みで養父さんの足にしがみついている、という微妙に羞恥心を煽られる写真である。……なぜこんな写真をチーフさんに渡してしまったのか。


「……ん、あれ? この写真は一体?」


 なにやら気恥ずかしくなって現実逃避がてら冊子をパラパラ捲っている内に、僕は新しい違和感を見出した。


 冊子に記載されている文章については問題無い。なぜか学園の成績や剣術大会の詳細が事細かく載っているが、それらに関しては上級貴族パワーで学園から入手可能な情報だ。上級貴族を前にコンプライアンスという概念は存在しないのだ。


 しかし、学園情報に付随して掲載されている写真が問題だ。園外狩猟の時の写真、剣術大会の時の写真。


 それらは撮影された覚えがなく、明らかに隠し撮りと思しき写真だった。良識に欠けたチーフさんなら隠し撮りくらい平然と実行するだろうが、いくらなんでも数年前の写真が存在するのは不可解という他なかった。


「……そ、それは、その、コール様の同級生から、譲り受けました」


 僕の同級生から隠し撮り写真を譲り受けた? フィース君を隠し撮りしようとして僕が一緒に写り込んだという事なのだろうか? 彼女は人気者なので同級生が隠し撮りを目論んでもおかしくないのだ。


 しかしチーフさんの反応が奇妙だ。


 あらゆる非常識行為に何の疑問も抱いていなかったチーフさんが、いつになく言い辛そうに言葉を紡いでいる。どの写真にもフィース君が写っていないという事で、写真を加工した事に罪悪感を抱いているのだろうか?


 これは一体どういう事だろう? と首を捻っていると、カイゼル君が何かを察したようにうねった。


「ふふん、余の慧眼に見抜けぬものはない。これはが撮ったものであろう? 人間社会では文武に優れた者にファンが付くと聞いておるのだ」


 何を言い出したかと思えば……と半笑いになりかけたが、意外にもチーフさんは「そ、そう、です」と苦しそうに肯定した。


 その答えに僕は驚きを隠せない。


 心を読める王子君に聞かれて誤魔化せなかったような様相だが、この僕にファンが存在していたとはどうにも信じ難い話だった。


 平民でありながら好成績を修めていたという事で、同じ平民の子が陰で応援してくれていたのだろうか? 


「ははぁ、それは実に興味深いですね。もしかして女の子とかですか? ちなみに名前を教えてもらっても……」

「――――コール君、それは聞かない方がいい。この世界の未練になるかも知れないからね」


 勢い込んでファンの素性を聞こうとした刹那、フィース君から制止の声が掛かってしまった。


 だが、冷静に考えればもっともな話だ。


 これから異世界に向かうという時に頬を緩めている場合ではなかった。この体たらくでは不退転の覚悟を疑われてしまう。


「……うん、フィース君の言う通りだね。在学中に声を掛けてもらえれば友達になれたかも知れないけど、今になって名前を聞いたところで詮もない事だったよ」


 事ここに至っては友達候補の事は諦めるしかない。そもそも僕と仲良くすると貴族に目を付けられるので余人が近付けなかったのも当然だ。僕のファンが存在していたという事実だけを素直に喜ぶべきだろう。


「ご安心下さいコール様。これらの写真を提供された方々にはこの本を配布しています。コール様の事は良き記憶となって心に残り続ける事でしょう」


 なっっ!? な、なんてこった、このプライバシーの塊のような本が拡散されているではないか……! 


 しかも『写真を提供された方々』という事は、僕を慕ってくれた同級生は複数という事になる。それは嬉しい情報だが、僕の本が複数人の手に渡ったと考えると素直に喜べない。そしてチーフさんの発言は僕の死亡フラグにしか聞こえなかった。


「う、う~ん、それはどうかと思いますが……既に配布済みなら仕方ないですね」


 非常識なチーフさんには懇々と常識を説きたかったが、得意の土下座カウンターを喰らっても困るので糾弾は諦めた。土下座は回避不能な反則技なので仕方ない。


「――――そうだ。チーフさん、例の四精特集が載っている雑誌はどこですか?」


 未認可本の衝撃で忘れていた本来の目的を思い出した。お嬢様の事を知る為に大衆雑誌を読みに来たはずが、僕の事を必要以上に知られてしまう破目になっていた。気分を切り替える意味でも本来の目的に立ち返らなくては。


「ほう、四精について書かれた書物か。それは私も興味があるな」


 件の雑誌をチーフさんから受け取った直後、カナデさんも興味を持って僕の隣に腰掛けた。僕と同じく新しい仲間の情報を得たいという事なのだろう。


 その行動に釣られてという訳でもないだろうが、フィース君も僕の本を鞄に入れてからふわりと逆側に座った。……僕の半生本を異世界にまで持っていくように見えるのは気のせいだろう。


 エディナさんは僕の本に視線を落としたまま彫像のように動かないので、三人とカイゼル君だけで四精特集の雑誌に目を通すという形だ。仲間外れのような感は少々気になるが、お嬢様の情報取得という意味では妥当な態勢と言えるだろう。

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