第129話 知られざる情報

「コール様。この船には四精を特集した大衆雑誌も備えています。お嬢様の事を理解する為にはあらゆる情報を網羅すべきですから、未読であれば目を通しておく事をお勧めします。理の精霊術について知る上でも助けになる事でしょう」


 なるほど、それは妙案だ。

 仲間の事を知る為に大衆雑誌を読むという行為に違和感を覚えなくもないが、個人的な劣等感から四精に関する情報が足りていないので渡りに船ではある。


 少なくとも、エディナさんから聞き取るより大衆雑誌の方が得られるものが多いことは間違いない。


 カイゼル君も大衆雑誌に興味を示してうねっているので、女性陣の様子見がてら船室に足を運んでみるとしよう。


『――――おお、これは可愛らしいな』

『へえ、これはぼくも知らないね。どこで手に入れたものなんだろう』


 そんなこんなで船を自動航行にした上で案内されていると、女性陣が休んでいる船室から和やかな談笑が聞こえてきた。


 当然の事ながらエディナさんの声は聞こえないが、この様相からすると船旅には退屈していないようだ。船中泊を必要とする長旅なので何よりである。


「おや、皆で何を見ているのかな?」


 どうもどうもと手を上げて入室すると、女性陣は見慣れぬ冊子を手にしていた。


 見たところ大衆雑誌の類ではない。この三人の興味を引くような物には見当が付かないなぁ……と不思議に思いながら冊子の表紙を見せてもらう。


「こ、これは……!?」


 そして僕は驚愕に目を見開いた。女性陣が冊子を見ながら歓談していた時点で違和感はあった。共通の趣味のようなものは無かったはずなのに、女性陣は何を見ながら歓談しているのだろう? と疑問に思ったのだ。


 しかし、彼女たちには確かな接点があった――そう、『僕』という共通項があったのだ!


「これは、ではないか……!」


 コール=ヤヴォールトの半生。女性陣の持つ本にはそんなタイトルが銘打たれていた。タイトルだけではない、表紙には僕の写真がババーンと載っている。


 王子君は書籍化を果たした僕に対して羨ましそうな様子だが、もちろん僕には全く身に覚えがない。何も成し遂げていない僕が自伝本を出版するはずもないのだ。


 あまりにも意味が分からなくてフリーズしていると、遅れて入室したチーフさんが説明役を買って出てくれた。


「それはコール様の調査報告書を編纂した物になります。微に入り細を穿った報告書を眠らせておくのは惜しまれた事から、改めて書籍として発刊する事にしたのです」


 どこか誇らしげに語ってしまうチーフさん。本人に断りなく発刊とは僕の人権はどうなっているのか? と思わなくもないが、手間を掛けて身上を調べ上げたので最大限に有効活用したかったようだ。納得出来そうで出来ない理由である。


「うん、これはよく出来ているよ。ヒルトロン家の評価を改めなくてはいけないね」

「お褒めに預かり光栄でございます」


 フィース君は涼しい笑みを浮かべながら高評価を下している。この手の出版物をフィース君が手放しで褒め上げるのは大変に珍しい。無認可発刊で称賛を受けるチーフさんには複雑な思いが否めないところだ。


「んん? その様子からすると、コールはまだ読んでいないのか?」

「そ、そうですね。カナデさんのを見せてもらっていいですか?」


 読んでいないどころか半生本の存在すら知らなかったが、もはや手遅れなので受け入れる以外の選択肢はなかった。


「ああ、もちろんだ。コールに関する公的な記録もそうだが、当時の発言内容まで詳細に網羅されている。この完成度の高さならコールも満足する事だろう」

「そ、そうですか……」


 どうやらカナデさんの評価も上々のようだ。しかし無認可発刊の時点で不満足なので期待には応えられそうもない。カナデさんから問題の本を受け取り、僕は戦々恐々な思いでページを捲る。


「…………ん、んん?」


 そして一ページ目に記載されていた内容に首を捻った。これはどういう事だろう? と、僕は困惑しながらチーフさんに問い掛ける。


、と書いてありますけど……?」

「はい、砂浜で寝ている赤子を釣り人が発見したとの事です。当時の孤児院職員の証言によるものです」


 うっっ、僕の根幹に関わる重要情報ではないか……! 自分でも知らなかった出生情報をこんな形で知ることになるなんて……。


 物心付いた時には迫害されていたので聞こうとも思わなかったが、仮に出自を尋ねたところで孤児院の職員が教えてくれたとも思えない。ヒルトロン家の威光があってこそ得られた情報なのだろう。


「……ふむぅ。海岸で発見されたとなれば、コールが異世界の生まれという仮説が現実味を帯びてきたと言えよう」


 僕の肩からにょろりと頭を突き出して呟くカイゼル君。この世界の人間は誰もが精霊を宿しているが、異世界の人間は違う。


 その事から『僕は異世界出身なのでは?』という疑念が頭を過った事はあったが……言われてみると、海岸で発見されたという話は疑わしい状況証拠だ。


 だが、それでも不可解な点は多い。


 生後間もない状態で天通滝の激流を越えられるとは思えないので、カナデさんのように母親が妊娠中に異世界に渡ったという事になる。……ならば、その母親はどうなったのか?


 この本には僕の母親の情報は無い。偏執狂なチーフさんが母親の調査を怠ったとは思えないので、調査した上で痕跡が見つからなかったと考えるのが妥当だ。


 しかし、異世界から渡ったばかりの女性が、新天地で寄る辺のない異世界人が、ヒルトロン家の調査網に全く引っ掛からないとは考えにくい。グリードガーデンは厳重に戸籍管理されている国なので難民が紛れにくいのだ。


「う~ん、どうだろうね……。まぁ、今更になって血族と会いたいとも思えないし、どちらの世界の生まれでも気にしないかな」


 真相はどうあれ、今の僕には養父さんという家族が居る。異世界出身者が新天地で子供が邪魔になって捨てたのか、この国の人間が精霊無しの子供を産んで捨てたのかは知らないが、いずれにせよ今の僕が気にすべき事ではなかった。

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